東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 横山展望台

大王埼灯台から鳥羽市方面に向かって行くと、途中、横山展望台という看板が出てきました。

「展望台って出てきたけど、行ってみる?」

「あ、そこね。さっき調べてたら出てきてたよ。眺めがかなりいいみたいね。」

「お、ならば、行かないと。」

という感じで、今回の旅はホントノープランで適当に巡ってます。

それでも、なかなか良い感じで観光できてると思います。

横山展望台の地図
横山展望台の地図

横山展望台、結構、有名なんでしょうね、駐車場に車が沢山止まっています。

地図を見ていると、いろいろな所から眺められるようですね。

頑張って、制覇して行きましょう。

横山展望台からの眺め
横山展望台からの眺め

ホント、言葉もないほど良い眺めです。

写真の腕を問われますね。。。。。。

パノラマ展望台からの眺め
パノラマ展望台からの眺め

ここへ来る途中で、ここから撮った写真をポスターにしたものがあって、

横山展望台からの眺め2
横山展望台からの眺め2

「あのポスターの所はどこだろうか?それとも空中から撮ったのか?」

横山展望台からの眺め3
横山展望台からの眺め3

なんて思ってたんですけど、ここへ来て答えが見つかりました。

しかし、絶景が多いところですねぇ~。

広角レンズじゃないと入り切れないですね、これじゃ。

パノラマ展望台からの眺め3
パノラマ展望台からの眺め3

いい所でした。ここを見逃してはダメな所でした。

東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 波切九鬼城址

大王埼灯台を見に行くと、もれなく波切九鬼城址を見学することができますよ。

波切九鬼城址
波切九鬼城址

写真の岬部分が城址ですが、砦と言ったほうがしっくりきますね。

波切九鬼城址の土塁
波切九鬼城址の土塁

若干ですが、土塁が残ってます。

波切九鬼城址の虎口の土塁
波切九鬼城址の虎口の土塁

こちら虎口の土塁なので、ちょっと高く分厚くなってますね。

波切九鬼城址の説明板
波切九鬼城址の説明板

波切九鬼城址に関する案内板がありましたので、載せておきます。

波切九鬼城址の碑
波切九鬼城址の碑

ちょっと、攻めにくい城ですが、砦程度の大きさなので、囲んで兵糧攻めがいいのでしょうね。

でも、海も囲まねばならず、そうなると水軍のお城なので、海側での海戦になることは間違いないでしょうね。

九鬼氏の中でも、九鬼嘉隆公が一番有名ですが、大まかな流れを追ってみましょう。

桶狭間の戦い後、信長に仕え始めたと言われています。

仲介したのが、滝川一益だったとのことなので、伊勢に侵攻する前あたりから仕え始めたのでしょうかね。

信長によって北畠具教を攻める戦いのとき、嘉隆は水軍を率いて北畠の支城である大淀城を陥落させるなどの活躍により、織田家の家臣団の一員になったようです。

その後は、伊勢長島の一向一揆戦でも活躍。

第一次木津川口の戦いでは、毛利方の毛利水軍・小早川水軍・村上水軍に対して炮烙玉や火矢の攻撃でボロ負け。

そのため、信長は大激怒!!

信長の指示により、炮烙玉や火矢に強い船の開発命令を受けて、2年掛けて鉄甲船を開発これにより、第二次木津川口の戦いでは、毛利方の毛利水軍・小早川水軍・村上水軍に対して、大勝!!

蛇足ですが、木津川口の戦いの話で、自分が好きなのは、和田竜さんの「村上海賊の娘」がおススメです。

これは村上水軍側の話ですが、和田竜さんの話は読み応えがあるので、割と好きですね。

文禄・慶長の役でも活躍しています。

初め李舜臣率いる朝鮮水軍に敗北し撤退、水軍の敗戦により秀吉は戦術転換の命令を下す。

出撃しての海戦を避けて陸海共同での沿岸防備に方向転換したので、日本の水軍は朝鮮水軍の攻撃を何度となく撃退して、朝鮮水軍の積極的な活動は激減する。

伊藤潤さんの本がおススメです。

そして、この辺りで隠居ですね。

最後はちょっと悲しいお話になりますので、ご自身でお調べになって見てくださいね。

九鬼水軍と言えば、信長に命じられて造った、鉄甲船ですよね。

いったいどこで作ったのでしょうか、そう思い調べると、伊勢大湊だったとのことです。

九鬼氏というと、九鬼文書なんていうものもあるし、これも一体、どういうことなのか。。。 不思議な本ですよ。興味がある方はご一読ください。

九鬼氏は現在でも子孫の方がおられるようです。

四日市の九鬼産業さんにルーツとして紹介されていました。

あと、スポーツ選手として、福岡ソフトバンクホークス捕手の九鬼隆平さんとのことです。

なかなかに皆さんご活躍されているようで、素晴らしいですね。

東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 大王埼灯台の猫たち

港町は何故か猫が多いですよね。

ご飯をあげてくれる人が多いのでしょうねぇ。

一体、野良なのか飼い猫なのかも分からないことが多いです。

御多分に漏れず、大王埼灯台のこの辺りにもニャンコ達がいっぱいしました。

茶トラ雄
白地が多くてカワイイ茶トラ、雄っぽいです。

この子可愛い顔してますよね。なかなか男前です。

どうも、下の写真の子が気になるようです。

白黒メス
白黒ちゃん、メスっぽい

ちょっと、草が変なところに写ってしまって、面白い画になってしまって、ネコちゃんに申し訳ないです。

盛りの時期で鳴き合う猫たち
盛りの時期で鳴き合う猫たち

こっちの子たちは縄張り争いというか、盛りの時期のためか、鳴き合っていました。

日向ぼっこの猫、カワイイ柄ですが、茶トラになるんですかね。
日向ぼっこの猫、カワイイ柄ですが、茶トラの部類になるんですかね。

この子は年を取っているのかあまり活動的ではない様子です。

色柄は淡くて綺麗で好みな子です。

盛りなのでメスを追い回すオス猫たち
盛りなのでメスを追い回すオス猫たち

先ほどの茶トラニャンコは白黒ニャンコをピッタリマークです。

果たして彼の恋の行方はどうなったのでしょうかねぇ。

碧志摩メグちゃんのポスター
碧志摩メグちゃんのポスター

あと、一時期話題になった碧志摩メグちゃんのポスターが貼ってありました。

公式サイト↓

[blogcard url=”https://www.ama-megu.com/”]

公式フェイスブック↓

[blogcard url=”https://www.facebook.com/meguaoshima/”]

公式ツイッター↓

最初は志摩市の公式キャラクターだったのが、非公式になったりして大変だったみたいですが、こうして活動しているのはうれしいですよね。

そしてこういったキャラクターを今はご当地萌えキャラと言うそうです。

なんと、ご当地萌えキャラグランプリなんかもあるそうですので、ご興味のある方は調べてみるのも面白いかもしれません。

[blogcard url=”https://mira-crea.com/cre8rs/pfcontests/-/pfc1306480901201920889″]

そして我が埼玉県からはこんな萌えな子たちがいるそうです。

下のサイトから、県ごとに検索できるようです。

[blogcard url=”http://localchara.jp/catalog/search?tag_mode=0&keyword=&method=and&prefecture%5B0%5D=&prefecture%5B1%5D=%E5%9F%BC%E7%8E%89%E7%9C%8C”]

いろんなものがいろんな風に流行っていくものですねぇ。

東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 大王埼灯台

さて、金比羅山展望台を後にして、大王埼灯台へ車を進めます。

途中、お昼は簡単にコンビニでお弁当を買って、ご飯を済ませました。

元旦ですのでね、なかなか、お店開いて無いのですよねぇ。

大王埼灯台は近くに車を置いて散策です。

地図の行程だと、ゆっくりお店を覗きながら歩いても15分です。

大王埼灯台周辺の駐車場の地図
大王埼灯台周辺の駐車場の地図

最初、黄色のPマークに止めようかと思いましたが有料なので、Aまで戻り止めると無料でした。

ただ、ちょっとわかりませんが、ここも普段は有料なのかも知れません。

波切漁港にて大漁旗を掲げる船
波切漁港にて大漁旗を掲げる船

元旦ですので、漁船にも大漁旗があがっています。

おめでたい雰囲気で正月らしさを感じますよね。

天日干しの干物、鯵、イカ、フグ
天日干しの干物、鯵、イカ、フグ

魚が干してあります。上左の銀色はアジ、右の白はイカ、手前下の茶はフグでしたよ。

面白いのはアジは開いてないのですよね。どういうことなんでしょう?。

フグは色が付いているところをみるとミリン干しでしょうか。

いずれも美味しそうです。

この干物を干してあるお店で食べることができるようです。

自分たちは先ほどご飯食べたばかりですので、今回は頂きませんでしたが、また、機会があれば是非、試してみたいですねぇ~。

結構、評判の良さそうなお店だったので、是非とも食べたいです。

宝門の浜からの眺め
宝門の浜からの眺め

先に進むと太平洋を望めます。ここも綺麗なところです。

少し行くと波切九鬼城址があります。

ここからの眺めも良いです。

大王埼灯台を眺める
大王埼灯台を眺める

大王埼灯台、海がきれいですねぇ~。

大王埼灯台からの眺め
大王埼灯台からの眺め

御座岬に伸びる半島の綺麗な感じといい。いい所ですねぇ~。

どこを見ても、ホント、綺麗なところばっかりです。

大王埼灯台
大王埼灯台

大王埼灯台は入場料200円で、見学することができます。

安いので、さっそく登って見ましょう。

抜群の景色と灯台の歴史を知ることができましたよ。

大王埼灯台からの眺め西側
大王埼灯台からの眺め西側

高い所から望む景色は一段と良いです。

大王埼灯台からの眺め南側、太平洋
大王埼灯台からの眺め南側、太平洋

地球が丸く感じる場所ですねぇ~。素晴らしい眺めですよ~。

大王埼灯台からの眺め足元
大王埼灯台からの眺め足元

ホントこの辺りの海はどこも綺麗です。

大王埼灯台からの眺め東側
大王埼灯台からの眺め東側

前回来たときはちょっと遅かったので、灯台には入れませんでしたので、今回は見学出来て良かったです。

海のもしもは118番へ
海のもしもは118番へ

この写真の言葉は咄嗟には出ないでしょうねぇ。。

見るたび覚えようとするのですが、また、忘れてしまいます。。

そういえば、前回来たときは、前の愛車デミオだったのですが、大王埼灯台を見学して戻ってきたら、タイヤがパンクしていて、大ショックでした。。

とりあえずスペアタイヤに交換して、近くのスタンドへ寄って、端のほうで場所を借りて、タイヤのパンク修理キットを使って自分で直して帰った思い出があります。

あの時のスタンドの人、ありがたかったなぁ。助かりました。

今のフリードハイブリッドだとスペアタイヤっていう設定がないので、修理キットが入ってます。

でも、これあまり使いたくないタイプです。

ガスボンベの中に穴を塞ぐ接着剤が入っているタイプなので、タイヤ交換するとき大変だからです。

できれば、パンクはしないように願いたいところですね。

東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 金比羅山展望台

さて、楽しく明るいご年配の夫婦の方とも別れ、爪切不動尊へ向かいます。

爪切不動尊に車を置いて、徒歩で登ります。

爪切不動尊側からの登山道の眺め
爪切不動尊側からの登山道の眺め

特に案内が無いのですが、グーグルマップでも見ながら行けば、のんびり登って行っても、片道30分あれば十分登頂できると思います。

爪切不動尊側からの登山道
爪切不動尊側からの登山道

途中、ちょっと寂しげな感じのところがあったりしますが、普段、山城に登っている我々夫婦なので、それに比べれば、全然、道も緩やかな登り道で歩きやすく、特に問題となるような所はありませんでした。

伊勢志摩の金比羅山の顔ハメ
伊勢志摩の金比羅山の顔ハメ

展望台の所まで、登りました。

登るとこんな「顔ハメ」がありましたよ。

こういった「顔ハメ」のパネルに顔をハメて撮るのを、嫁が大好きであれば必ず写真を撮って。といいます。

物好きだよなぁ。と思いながらも、しっかりと撮ってあげてますが。。。

展望台がありますので、登って見ましょう。

金比羅山からの眺め 北方向
金比羅山からの眺め 北方向

360度遮るものがありません。なかなかの絶景ですよ。素晴らしいです。

金比羅山からの眺め 南東方向
金比羅山からの眺め 南東方向

展望台にいると、丁度、登って来られた地元の方が挨拶してくれます。

こちらも挨拶を返しますと、「今日は富士山は見えますか?」と声を掛けられます。

「えっ、ここから富士山見えるんですか!!!?」

「えぇ。」

金比羅山からの眺め 東方向
金比羅山からの眺め 東方向

「ん~、あいにくと残念ながら、今日は見えないようです。」

「年に数回見えることがありますよ。私も滅多にはみれないですけど。www」

「どちらからお越しですか?」

「埼玉からです。」

「どうですか、ここは?」

「いいですね。絶景で素晴らしい所です。」

「そうですね。でも、自分が子供のころ(戦中)には、ここ眺めが良いので、

アメリカのB29や戦闘機の見張り台になっていて、飛んで来たら警報を出す場所だったんですよ。」

「えぇ~。ホントですか。それは凄いですね。」

「アメリカの戦闘機がここに機銃掃射をしたりとか、あったんですよ。」

「うわ~。」

金比羅山からの眺め 南方向
金比羅山からの眺め 南方向

「あとね、あそこ、あの湾の所で、その当時は、ワカメの養殖をしていたんだけど。

自分の兄が高校生で、そのワカメの養殖をしてるところで海に飛び込んだりして遊んでたら、

アメリカの戦闘機が飛んできて機銃掃射を受けたけど、ギリギリかすめて行った。

なんてこともあったりしたんだよね。」

「お兄さんはご無事だったわけですね。」

「うん。運が良かったんだろうね。」

「しかし、ひどいもんですよね。人をなんだと思ってるのか。」

「全くだよね。でもあの当時はそれが普通だったんだろうからねぇ。」

金比羅山からの眺め 南西方向
金比羅山からの眺め 南西方向

「でも、今はホント平和で良い時代だね。wwwww」

「はい、そうですね。」

「じゃ、楽しんで行ってください。」

「ありがとうございます。」

そうして地元の方と別れました。

金比羅山からの眺め 西方向
金比羅山からの眺め 西方向

今はただ眺めの良い場所だけど、知らなかった。まさか、そういったことがあったとは。

でも、あちこちでそういった被害が多かったんだろうなぁ。と思います。

今はこうして静かで景色が良い所も、あの人にとってはそれが一番の思い出なのでしょう。

金比羅山からの眺め 北西方向
金比羅山からの眺め 北西方向

今、こうして平和で過ごせることを築いて来た人生の先輩たちに感謝。

そして自分たちもまた。

東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 あづり浜

可愛いニャンコ達をモフモフできて大満足ですが、お別れしなければなりません。

若干の寂しさで後ろ髪を引かれる思いですが旅を続けましょう。

先ほどの桐垣展望台からみると、どうも見晴らしの良さそうな山が岬の先のほうにあります。

「あそこに行って登ればまた絶景が待ってるはずだね。」なんて妻と話しながら向かいます。

桐垣展望台から見る金比羅山
桐垣展望台から見る金比羅山

そこは金比羅山というらしいです。

分かりにくいので、地図で説明します。

目的地は真ん中のポイントです。

志摩バイパス(右上の青丸からスタート)から岬のほうへ向かいます。

向かって行くと、爪切不動尊がありそのあたりから登れる様子なのを確認しつつも止まらず、もっとアプローチしやすい道があるのでは?と一回りしてみます。

地図の「B」→「C」を過ぎて1台道を譲ってくれた軽自動車があり、ハザードランプで挨拶して抜いて行くと看板がありましたので、「D」の方向へ入っていきました。

金比羅山へのアプローチ、反時計回り
金比羅山へのアプローチ、反時計回り

道は割と狭いです。

2台で離合するのは面倒な幅です。

「D」の所で左に行くのですが、ちょっと行ったら、「こりゃ、ダメだ。」といういことで、ギブアップ、バックして「D」まで戻りました。

その時、先ほど抜いた軽自動車の方も、目的が同じらしく私の後からやっぱり左に行きました。

妻と「軽自動車なら行けたのかねぇ?」なんて話をして、「E」から爪切不動尊を目指します。

あづり浜西側
あづり浜西側

途中、「E」のポイントの「あづり浜」で景色が良いので、車を止めて写真を撮っていると、先ほどの軽自動車の方が同じ駐車場に入ってきました。

あづり浜東側
あづり浜東側

「あなた達、さっき山のほうへ行こうとしてたでしょ。」といきなり車を降りて話しかけて来られる年配の御夫婦の方。

話しかけてこられたのは旦那さん。

「えぇ、ちょっと、道が狭くなったので、自分たちは諦めて戻ったんですよね。」

「それで良かったんよ、あの先行ってもすぐ行き止まりだったんだよ。」とのこと。

「あら~。そうでしたか。登れないんですね~。」とか話し始める自分。

そこから、年配の奥様が話に参戦、「どこから来ましたかね?」

「わしら、地元なんだけど、一回死ぬまでに登って見たかったんで行ってみたんだけどね~。www」とかなり明るい方。

「埼玉なんですよ」と返し、段々と話に花が咲いて行き、気が付くと、20分ほど楽しく歓談してました。

昔、夏にはいっぱい人が来て、みんなで楽しく泳いだり遊んだけど、最近は人が少なくなった。

とか、奥様は若い頃は、真珠の行商をされていて、色んな所に売りに行った。といったお話を話してくださいました。

ほかにも御夫婦の苦労話なんかを面白おかしくお話下さいました。

あづり浜の綺麗な海
あづり浜の綺麗な海

「自分たちあの車で寝泊りして、色んなところに出かけてるんですよね。」

と話しましたら、「ホントかな?」と言う顔をされて、納得行かなかったのでしょうね。

御夫婦が帰るときに離れた車をわざわざ覗いて見学してから、

戻って来られて「ホント、あれなら、大丈夫だね。いいわね~。」

と納得のグーサインを頂き別れました。

透明度が高いあづり浜
透明度が高いあづり浜

「ホント、明るく楽しいご夫婦だったよねぇ。」なんて嫁と話しながら、

こういった何気ない出会いが旅を楽しくしていくんだよなぁ。なんて思います。

絶景のあづり浜
絶景のあづり浜

しかし、ホント、絶景。そして良い思い出も頂きました。

東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 桐垣展望台

英虞湾の絶景スポットを巡って写真を収めようと車を走らせていると、「ともやま園地桐垣展望台」というところが地形からすると良さそうなので、行ってみました。

展望台とは言いますが、全然、登ったりしない展望台です、そもそも高台にあるところなのですね。なのでかなりの絶景スポットです。

ともやま園地桐垣展望台
ともやま園地桐垣展望台

いいところですね。ここ。ホント、この周辺は綺麗なところばっかりですねぇ。

ここは自分達夫婦にとっては、さらにうれしいポイントでした。

なんと、可愛いニャンコ達が5~6匹います。

 エンジンの熱で暖を取る猫たち
エンジンの熱で暖を取る猫たち

今年の元旦が暖かかったとはいえニャンコ達は野良なので寒かったのでしょう。

すぐ、我が愛車のエンジンの熱で暖を取ります。カワイイ~。

暖かくてもエンジンルーム内に入っちゃダメですよ~。

猫バンバンしなくちゃですからねぇ。

桐垣展望台のシャムちゃん
桐垣展望台のシャムちゃん

結構、みんなどの子も毛並みも良く、人懐っこい子たちなので、いつも誰かがご飯を頂いているようですね。

車を降りたらみんな寄ってきました。

桐垣展望台のキジトラちゃん
桐垣展望台のキジトラちゃん。なぜか凛々しいお姿。

うちの我が愛車には、ちょっと良いカリカリ猫ごはんを、常にこういうことも想定して、常備してありますので、もちろんあげさせて頂きました。

(モラル的にどうか?との意見もあるかと思いますが、ご容赦くださいませ。)

僅か桐垣展望台の100m手前辺りにいる猫ちゃん達
僅か桐垣展望台の100m手前辺りにいる猫ちゃん達、ちょっとヤセ気味

この子たちは展望台の手前にいた子たちです。

先ほどの子たちよりは痩せているような気がしますので、あまりみんなに気が付かれないのでしょうかね。

この子たちにもごはんをあげました。

ご飯あげたので、モフモフさせてもらいました。

はぁ~~。気持ちいい。。。ニャンコ大好き。。

元旦からモフモフできるなんて幸せ。とか思いながら先へ向かいます。

東海を巡る真冬の旅 伊勢志摩 南張海水浴場

2017年元日、道の駅伊勢志摩を後にして、志摩を巡る旅へと出発です。

このあたりの海はどこも非常に綺麗ですねぇ。素晴らしいです。

南張海水浴場西側
南張海水浴場西側

ここは南張海水浴場というところです。

南張海水浴場東側
南張海水浴場東側

ホント、綺麗。元日の朝なので、誰もいません。

自分たち御来光はご遠慮させて頂きました。

全然、起きれなかったです。すいません。

ところで、寝ていて思ったのですが、朝方、車が冷えてきてそれがかなり熱を奪って行くなぁ。と思いました。

自分、背が高いので、後ろのハッチ(トランク)に朝方、生足が当たるとすごく車が冷えているのを感じました。

「やっぱ、断熱材入れたほうがいいのかぁ。」と体験して思いました。

そうすれば、もっと装備が軽くなる可能性もありますよね。

断熱材、宿題にしておきましょう。

東海を巡る真冬の旅 道の駅伊勢志摩

さて、この日は静岡から伊勢神宮までの移動日でした。

移動日でしたので、お伊勢参りを済ませると日も陰って来ましたので、スーパー(イオン伊勢店)で食材を仕入れて、今晩の目的地となる「道の駅伊勢志摩」へ向かいましょう。

いつもなら地元ならではのスーパーへ行ってお惣菜を買うのですが、今回はちょっと離れていたので、イオンで済ませました。

生春巻きは好きなので、あると選び勝ちですねぇ。。。意思が弱い。。

あとマリネ。。好きですねぇ。。

和具のてこね寿し
和具のてこね寿し

今回、和具のてこね寿司が美味しかったです。

これはまた食べたいです。逸品ですね~。スーパーはイオンでした。

ところで、道の駅の情報ですが、

道の駅伊勢志摩はアスファルトの駐車場と土の駐車場がありますが、今回は土の駐車場に泊まりました。

なんでかと言うと、自分、道の駅では隣とスペースが広めに取れるところを選んでいます。

エンジン掛けたままの車が苦手なので、なるべく離れたところで寝るようにしています。

なんで、駐車場がぎっちり埋まっていてエンジン掛けたままの車の間で寝れるのか?自分には不思議でならないです。

ちょっと、神経質なところがありまして、うるさいと寝れないことが、ままあるんですよね。。なので、ちょっとダメなんです。

で、前日の道の駅 富士川楽座では、寝袋が一枚では寒かったので、今晩からは二枚重ね+毛布(寝袋を布団のようにジッパー全開でそのうえに毛布を掛けた)で寝ました。

下は銀マットを敷いて、その上にエアマットを敷いて、それに暖かめの敷パッドを敷いてますので、下からはあまり冷気は来ません。

ちなみに元日の鳥羽の最低気温は2.4℃、最高気温は11.7℃だったらしいです。

で、感想は全然寒くなかったです。全く問題なしです。ハイ。

途中寝袋がとっちらかってました。。。。どちらかというとそのために寒くなったという感じです。

寝相の問題が一番の問題とは。。。

道の駅伊勢志摩の施設自体は手入れされていて割と綺麗にされていました。

東海を巡る真冬の旅 大晦日の伊勢神宮参拝と御朱印

この日は大晦日ですが、意外と混んでいるものなんですね。

元日を過ぎると、混雑が凄くて、伊勢神宮自体へ近寄ることも難しいだろうと思っていたので、大晦日のこの日を選んで訪れています。

伊勢神宮外宮
伊勢神宮外宮

こちらの(上の写真)これは外宮のほうですね。

あまり、写真を撮るのも憚られるので、ちょっと、離れて撮ってます。

伊勢神宮外宮の地図を出して置きます。

伊勢神宮内宮五十鈴川の鳥居
伊勢神宮内宮五十鈴川の鳥居

内宮のほうはお決まりの五十鈴川前の鳥居の場所ですが、こんな感じでした。

やっぱり、そこそこの人がいますね。

さすが、伊勢神宮という感じです。

おかげ横丁
おかげ横丁

おかげ横丁は凄い人です。アメ横か!って感じで。

とにかく、無事、参拝でき、御朱印も頂けたので、大変良い年の暮れとなりました。

ということで、今回は御朱印も載せてみましょう。

今になってみるともっと早くから御朱印を貰っておけば良かったなぁ。。とも思いますが、こういったものは若いときは思い付かないものですよね。。

こちら内宮

伊勢神宮内宮の御朱印
伊勢神宮内宮の御朱印

こちらが外宮

伊勢神宮外宮の御朱印

伊勢神宮外宮の御朱印、無事頂けました。ありがたいことです。

伊勢神宮は神域に入るともの凄いパワーに包まれますよね。

パワーが強くてクラクラする感じです。

参拝が終わって神域を離れて休むと体が軽くなっていることに気が付きます。

凄いところですよね。

御朱印自体はシンプルですが、分かりやすいのが特徴ですかね。

東海を巡る真冬の旅 長篠設楽原パーキングエリア下り

東名から新東名に入り、しばらく行くとちょっと以前から気になっていた、長篠設楽原PAに休憩も兼ねて立ち寄りました。

長篠・設楽原の合戦の観光案内板を読んでいると

長篠設楽原パーキングエリア下りの長篠・設楽原の合戦の説明板
長篠設楽原パーキングエリア下りの長篠・設楽原の合戦の説明板

馬防柵があったり

長篠・設楽原の合戦時に効果を発揮したと言われる馬防柵
長篠・設楽原の合戦時に効果を発揮したと言われる馬防柵

さらに奥を見れば信長の本陣だったとは。。。。

長篠設楽原パーキングエリア下りにある、長篠・設楽原の合戦時の織田信長本陣
長篠設楽原パーキングエリア下りにある、長篠・設楽原の合戦時の織田信長本陣

すいません。知りませんでした。勉強になりました。

長篠・設楽原の合戦時の織田信長本陣跡説明板
長篠・設楽原の合戦時の織田信長本陣跡説明板

ここまでしてあるなら、なぜ、対陣する武田側の方向を伐採してないのか?不思議ではあります。

なんと下の写真の景色は合戦には関係ない場所の景色です。

長篠・設楽原の合戦は左方向なんですよね。見えないんです。

長篠・設楽原の合戦時の織田信長本陣跡の西側の風景
長篠・設楽原の合戦時の織田信長本陣跡の西側なので、合戦とは関係ない風景

それでも今回、立ち寄りたい所の一端が見れたわけですので、ちょっと嬉しい。

それと自販機、設楽原の合戦絵巻になってます。

凄いですね。

長篠設楽原パーキングエリア下りにある、長篠・設楽原の合戦絵巻の自動販売機
長篠設楽原パーキングエリア下りにある、長篠・設楽原の合戦絵巻の自動販売機

織田&徳川自販機なんてのもありました。

 長篠設楽原パーキングエリア下りにある、織田家家紋・徳川家家紋の自動販売機
長篠設楽原パーキングエリア下りにある、織田家家紋・徳川家家紋の自動販売機

ということは、上り側は武田ってことですね。

上り側も見たかったけど、今回は無理。。

また、別な機会で、見てみましょう。

東海を巡る真冬の旅 本栖湖からの絶景の富士山 道の駅富士川楽座

岩殿城を後にして、お伊勢さんを目指しています。

東海の旅と書きながら、まだ、山梨です。

本栖湖からの富士山の眺め
本栖湖からの富士山の眺め

写真は途中の本栖湖からの富士山の夕景です。

余り、画質が良くないですが、場所というかここのポイントの良さに助けられていますね。

綺麗な富士山です。

ここちなみに、超有名な写真スポットです。

日本人なら必ず知ってるはずなんです。

千円札の富士山の場所なんです。

(お札載せるのは面倒ですね。そのまま載せると御用になるようで、写真を加工しました。)

千円札の富士山
千円札の富士山
千円札と同じアングルの富士山
千円札と同じアングルの富士山

ね。同じアングルでしょ。(写真を同じようなアングルにトリミングしました。)

ご存知の方も多いですが、まぁ、それだけ富士山を眺めるには良い場所ということで、どうしても紹介させて頂きました。

さ、旅を続けましょう。

途中、スーパーに寄ってご飯を仕入れます。

さて、一泊目はどこまで行こうかと、検索していると、道の駅富士川楽座が広くて良さそうでしたので、ここに決定しました。

道の駅富士川楽座
道の駅富士川楽座

寝袋は耐寒温度-15℃のやつだけを使用して寝たのですが、そのため朝方ちょっと冷えましたね。

場所としては割と静かで寝やすくて良かったです。

ただ、夜は写真にあるトイレは使用できないので、歩道橋を使って道の反対側の施設内のトイレを使うことになります。
トイレは綺麗でした。

ここも朝起きたら、富士山綺麗でした。

道の駅富士川楽座からの富士山
道の駅富士川楽座からの富士山 絶景です。

そして、ここには面白いものがありました。

聖牛です。水の流れを抑えるためのものですね。

武田信玄公が考案されたと伝わっています。

中聖牛
武田信玄公が考案したと伝わる、中聖牛

これ、利根川の千葉県立関宿城博物館にもありました。

治水に関するところで、たまに見かけたりします。

今でもこの方法は有効らしく、まだまだ利用価値があるようです。

水の流れを弱めて土手に当たる力を弱めるためにあるようです。

この当時としては、画期的な治水方法で、ここから色々な所に利用されたようです。

武田信玄公、ホント、こういう所があるので素晴らしい方ですよね。

ただ、現在は展示されていないようですね。また、展示されると嬉しいです。

さて、高速に乗って一気に伊勢神宮へ向かいます。

東海を巡る真冬の旅 山梨県大月市 岩殿城 岩殿山城

さて岩殿山城に到着しました。

ここ、久しぶりで、駐車場がどこだったか?と調べるとあまり書かれていないんですよね。

なので、いい説明用の写真が取れましたので、参考にアップしておきます。

岩殿山城の駐車場は黄色の丸で示してます。
岩殿山城の駐車場は黄色の丸で示してます。

黄色の丸のところが駐車場です。参考までに。

まぁ、岩殿山城を目指してくればまず大丈夫だと思います。

駐車場から道沿いに歩いて行きますが、登り口がちょっと分からないなぁ。。と思っていると、

前を歩く下校途中らしき中学生くらいの女の子達に「登り口はどこでしょう?」と聞いてみました。

親切に指をさして、「すぐそこの左から登れますよ。」とのこと。「ありがとうございました。」と返して、頑張って登城と行きましょう。

 丸山公園の下から望む岩殿山城
丸山公園の下から望む岩殿山城

しかしながら、つくづく思います。よくもまぁ、こんなところに城を作ったものだと。

岩殿山の説明板
岩殿山の説明板

そもそもは天台宗のお寺だったんですね。

修験の山でしたか。確かにそんな感じです。

少し登ると「岩殿山ふれあいの館」という城風な建物が見えてきます。

岩殿山ふれあいの館の入り口
岩殿山ふれあいの館の入り口

昔、来たときは無かったなぁ。

今、城巡りしてる人もかなり増えた実感がありますが、史跡を大事にしてもらえて整備して貰えるのは嬉しいなぁ。と思います。

こういった整備などをしてくださっている皆さんに感謝です。

岩殿山の案内図
岩殿山の案内図

「岩殿山ふれあいの館」はこの写真の丸山ってところですね。

岩殿山中腹からの富士山
岩殿山中腹からの富士山

振り向くと富士山が見えます。

なんだか、我々の登山(登城)を応援してくれているように思えます。

しかし綺麗です。

この景色が見れるからここはいいですよね。

「岩殿山ふれあいの館」から上に登って行くあたりからが傾斜のキツイ山道です。

ホント、結構、しんどい。

頑張って、頑張って、登って行くとやっと揚城戸跡が現れます。

岩殿山城 揚城戸跡
岩殿山城 揚城戸跡

ここまで来ればもう登ったも同然です。

揚城戸から本格的な城跡です。揚城戸は門跡とのこと。

抜けると番所跡があります。

岩殿山城 番所跡
岩殿山城 番所跡

下の写真は西物見台と言われた岩を安全のため(下に中央高速が走っている)撤去したらしいです。

確かに写真を見るとこれは落ちるとヤバいです。

グーグルマップとかで確認してもらえるとわかると思いますがホント高速が真下なんです。

あのインプレッサがギリギリ逃げたトンネル崩落事故もこの先のトンネルだったし。

事故が未然に防げるならば、史跡とは言え、こういった安全対策は大事ですよね。

礫岩の露頭を撤去した案内板
礫岩の露頭を撤去した案内板

岩殿山城は小山田氏の城では無く、武田の城であった。という見解があるそうです。

この件に関しては、まだ、そういう話があるという程度に収めておく感じではあるようです。

最近は今まで定説だったものが、研究が深まるにしたがって、置き換わることがあるようなので、うかうかしていられないですよね。

岩殿山城 馬屋跡
岩殿山城 馬屋跡

南物見台からの富士山。ほんと素晴らしい。

岩殿山城 南の物見からの富士山
岩殿山城 南の物見からの富士山 絶景ですよ。

縄張り図とまでは行かないですが、概略図です。

岩殿山城跡 案内図
岩殿山城跡 案内図

大手門を通って来ていないですが、今回はまぁ、良しとしましょ。

いずれまた稚児落としとかに行ってみたいので、その時にしましょう。

稚児落としですが、ご想像の通り、落城時の悲話に繋がるお話です。

岩殿山城の説明板
岩殿山城の説明板

下の写真は、馬場跡です、こんなに急峻なのに、馬が登れるのが凄いです。

ここから乗ったまま出撃してたのでしょうか?

馬に乗ったこと無いので分からないですが、ちょっと怖いですね。

正面、真っすぐ登って行くと本丸です。

正面、右手に行くと円通寺方面の道です。

岩殿山城 馬場跡
岩殿山城 馬場跡

その手前に水場です。

二つあるのは上側(写真右)が人用で、下側が馬用とのことらしいです。

岩殿山城 水場もしくは井戸
岩殿山城 水場もしくは井戸

水がちょっとあります。

池とありますが、掘れば少し水が出そうではあります。

しかし、こんなに岩山ですが、山頂で水が出るとなると、ホント、城を造らずに、何造るんだという感じですね。

これだけ好条件が揃う所も珍しいですよね。

難攻不落、この言葉がピッタリです。

岩殿山城 水場こちらは人用
岩殿山城 水場こちらは人用

用水池との説明、説明には山側が人用、崖側が馬用とあります。

岩殿山城 水場 説明板
岩殿山城 水場 説明板

馬用はしっかり水がありました。

岩殿山城 水場 馬用
岩殿山城 水場 馬用には水がありましたよ。

さて、本丸を目指します。

途中の蔵屋敷跡

岩殿山城 蔵屋敷跡
岩殿山城 蔵屋敷跡

本丸跡です。

岩殿山城 本丸跡
岩殿山城 本丸跡

現在はテレビ塔となっています。2つ建っていました。

山城の場合はたまにアンテナが立っていることがありますよね。

史跡も大事ですが、地元住民の方の生活も大事です。

岩殿山城 本丸跡のアンテナ塔
岩殿山城 本丸跡のアンテナ塔、右手、土塁残ってますね。

岩殿山城は規模は小さい城ですが、難攻不落だなぁ。。。と改めて思い知らされますね。

ここは攻めるのではなく、囲んで兵糧攻めで落ちるのを待つしかないお城ですね。

岩殿山城の屏風のような岩
岩殿山城の屏風のような岩

ちょっと下って改めて撮ってみました。ここから見ると城を攻めるのは絶望的に感じますよね。この上に城があるんだからなぁ。。

岩殿城と岩殿山城という二通りの言い方がありますが、最近は岩殿山城というようです。

今回は岩殿山城と書きました。

ただ、武田贔屓の自分にとって、武田勝頼公の最後を思うと、いつも切なくなります。

また、近いうちに景徳院へお墓詣りして来よう。そして恵林寺へも。

武田信玄公と武田勝頼公の本は色々と読みましたが、新田次郎さんの本が読んで見て一番いいように思います。

あと、最近では、この本が注目ですね。

元亀2年の信玄の三河侵攻は無かった・・・ということになりそうです。

東海を巡る真冬の旅 山梨県大月市 猿橋

さて、お伊勢参りをまず目指すのですが、その前に山梨県大月の岩殿城を目指しています。

これはちょっとまた、後で説明しますが、スマホのGPSによる城取ゲームの為です。

岩殿城は以前にも登城したことがあるのですが、今の時期行くと綺麗な富士山が見れますので、何回でも登城したくなる場所でもあります。

とはいえ、かなりな登山で大変なのですが。。

岩殿城を登城すべく20号線を下って行くと中央高速の渋滞ポイントで有名な猿橋バス停のそばにありました。

何が?って、猿橋です。猿橋。

「猿橋ってホントにあるんだ~」と思いながら、立ち寄って見ました。

日本三奇橋の一つと言われるようです。

日本三奇橋ってのも微妙ですが、変わったものは見てみたい派なので、ちょっと見学。

日本三奇橋とは、

  • 甲斐の猿橋 :木造で現存してます。
  • 岩国の錦帯橋:木造で現存しています。あの有名な錦帯橋ですね。
  • 富山の愛本橋:こちらは木造ではなく、現代造りのアーチ橋になっています。黒部市歴史民俗資料館に模型があるようです。


とのことです。

確かに構造的にアーチ式ではなくて梁というか土台部分を岩盤に長く差し込んで持たせてあるのは面白いですね。

かなり工夫している様子がわかります。

基礎になる下側からの梁の部分はどれだけ地中に埋まっているんでしょうか。

ちょっと分かりませんが、面白いことに、下からの梁の部分から上に向かっていくと、丸く弧を描いているのが分かりますね。

太鼓橋とまでは行きませんが、やはりアーチ的な感じにしているのが効いているのでしょうね。

昔の大工さんも素晴らしいよなぁ。と感心します。いつまでも、残してほしいですね。

ここから下を眺めるとなかなか綺麗なところです。

かなり深い渓谷ですが、橋は絶妙に狭いところに掛かってますね。

昔からこの場所は地境のため争いが絶えなかったようです。

武田信玄公の父親である武田武田信虎公と上杉憲房公(山内上杉家、後の謙信公が三代後に養子になる上杉家)で争っていたり、武田信長公(のちの上総を治めた初代真理谷氏)と足利持氏公(鎌倉公方)が争ったりしていますね。

たしかに橋を作ればそこが係争地に発展する場所ですねここは。

細かいことは猿橋のWikipediaに譲るとして、「猿橋」ってホントにあるんだ~。という思いと、意外と面白い構造だなぁ。と。

意外と良いものが見れて良かったです。

こういった建築物が大好きなもので、なるべく見ておきたい感じです。

ちなみに下の地図にも表示されている、大月市郷土資料館に精巧な猿橋の模型が展示されていますので、ご興味のある方はそちらも見学されると、より一層知識が深まるかと思います。

さて、当面の目標の岩殿山城を目指しましょう。