初夏の福井の旅 三日目 福井城

さて、北庄城を観光したので、ついでに福井城も見ておきましょう。

ついでというのは、ここの城跡は福井県庁と福井県警本部と県議会議事堂です。

上の写真の通りあんまり情緒はないです。

ですが、下のように元天守閣部分のところのみ整備されているので、行ってみましょう。

県庁と県警の間を抜けていくのですが、全く意味もなくちょっと居心地が悪いのは気のせいでしょうか?www

そういう意味では、ちょっと、不思議なところです。

まぁ、こういう城跡も珍しいですが、たまにはいいでしょう。

城めぐりなのか、小学生の社会科見学か分からない感じですが。。

おっと、ここだと歴史も現代も学べて最高かもしれませんね。www

福井県の地名由来の井戸、「福の井」があります。

天守の想像図ですね。

天守跡は石垣が地震で崩れた後のままになっています。

復元する気は無いのかなぁ?

まぁ、地震の被害度合いを残すのも、それも遺産と言えば遺産ですねぇ。

う~ん。福井県の考え方分かりません。

そして、下の写真のように新しく整備していたりします。

今は、山里口御門を整備したらしいですね。

復元しているのは喜ばしいですが、堀の石垣はあちこちかなり孕んでいるので、整備しないとならない状況ですよねぇ。。。

藩祖結城秀康公もお嘆きかと思われます。

最後に福井城の縄張り図を挙げておきますね。

立派な縄張りですよね。素晴らしいです。

本丸の南の足羽川に面したところは元あった北庄城を利用しているような感じなんでしょうかね。

初夏の福井の旅 三日目 北庄城

さて、大きい大きい一乗谷朝倉氏遺跡をようやく後にしまして、福井市内を観光です。

まず向かうは、北庄城です。

車は市内の東公園という無料駐車場に置いて来ました。

無料は助かりますねぇ~。ホント、市内なのに無料はいいです。

できれば距離があるので、レンタル自転車でもあればいいのですが、残念ながら何もないです。

路面電車の駅に近ければ、いいのだけどなぁ。。なんて思います。

さて、北庄城ですが、写真の所のみ遺構が残っています。

残念ながら、堀跡と石垣だけです。

併設して柴田神社があります。

当然ながら、御朱印が目的です。

お守りもなかなか素敵です。

絵馬のデザインもいいんですよねぇ~。カッコイイです。

ここでは柴田勝家とお市の方と三姉妹の銅像が仲良く並んでいます。

御朱印も二種類頂きました。

ありがたいことです。

初夏の福井の旅 三日目 一乗谷朝倉氏遺跡3

まだ、一乗谷朝倉氏遺跡です。

写真は上城戸です。要するに堀と土塁でシャットアウトしています。

続いて、下城戸です。上下で屋敷群を締め切ってます。

素晴らしいですね。

欲を言えば、あと2重ぐらいしてあれば、もっと堅固だったように思います。

でも、攻められない自信の表れとも取れますので、何とも言えません。

信長の話の続きです。

本能寺の変ですが、これも自分では加藤廣さんの本が一番納得できるイメージです。

要するに秀吉が殺し、光秀は担がれたということです。

そうでないと、中国大返しなんてホントにできると思いますか?

あらかじめ、秀吉の兵力の1/3~1/2ぐらいは姫路周辺にいたのではないでしょうか?

そうでないと、無理なように思います。

肝心なのは、信長死後への対応の早さです。

あらかじめ、用意されていたことのように、秀吉は物事を進めます。

結果的には信長も都合よく秀吉に利用されたような感じですよね。

話が秀吉の話になってますね。

それだけ、キーマンということですよね。

う~ん。ホント、タイムマシンでもあればなぁ。。。

桶狭間、本能寺、信玄の死、謙信の死、真田幸村の死、明智光秀の死、天草四郎とは何者なのか、を確かめたいところです。

ところで、福井県立一乗谷朝倉氏遺跡資料館に行った所、変わったものを拝見しました。

将棋なのですが、1個、駒が多いのです。

将棋の得意な方は下の写真の詰将棋に挑戦してみてください。

1個、多い駒の役割とか動きとかは上の写真に書いてあります。

面白いものですね。

あと、ここで、またも焼き鯖寿司に出会ったので、食べてしまいました。

先日のものよりはあっさりしてますが、旨いです。これは800円でした。安い。

あと、ご当地コカ・コーラ。恐竜ですね~。

さすが、福井県。面白いです。

初夏の福井の旅 三日目 一乗谷朝倉氏遺跡2

一乗谷朝倉氏遺跡の続きです。

街並みを復元したところが見学できるので、見学してみました。

復元街並みは有料ですが、210円とお手軽な感じなので、気軽に入れますよ。

かなり良く再現されていて、見ていて面白いです。

信長の話の続きをちょっとさせてください。

まず、桶狭間の戦い。

ホント、どうやって勝ったのだろうと思います。

豪雨の中、奇襲で勝ったと言われていますが、ホントでしょうか?

この時、武功をあげた毛利新介、梁田政綱等へのその後の待遇なんかをみると、あまり厚遇されていないですよね。

加藤廣さんの著書で桶狭間を書いているものがありますが、あの中で今川義元に降参し、従属の為に参ったように見せかけて、だまし討ちした。というのがあります。

うん、そこですよね、だまし討ちしたのだろうと思います。

だまし討ちなので、奇襲したと嘘を言い、確かな情報が後々に残っていない。

どうもそういった感じなんだろうなぁ。と思います。

その本だと、訓練した犬によって殺害していますが、そこはどうかな?と思いますが。

秀吉がどの程度、そこで暗躍したのかは、ちょっとわからないですが、かなり、重要な役回りをしたのではないでしょうか。

その後の出世を考えると、腑に落ちます。

初夏の福井の旅 三日目 一乗谷朝倉氏遺跡1

三日目の一番最初の訪問地は一乗谷朝倉氏遺跡です。

以前より、ずっと、来たかった場所です。

どれだけの広さがあるのだろうかと思っていたのですが、予想よりも遥かに大きく感じました。

谷の入り口と出口の狭まった部分に土塁を設けて遮断して、中間部分に街を設ける。

なかなか、上手いやり方です。

北条氏の小田原城はさらに発展的なお城ですよね。

そこから、どんどん大きくなり大阪城や江戸城へとさらに発展していくわけですが、街を取り込んで防衛するというのは、この朝倉氏が割と初めのほうだと思います。

まして越前は当時かなり裕福な土地柄です。

当時、50万石近くあったらしいですしね。

明智光秀が足利義昭にここで出会ったと言われていますよね。

そこから織田信長に見いだされて、仕えていくわけですが、明智光秀も謎の多い人です。

本能寺の変もいったいどうなっていたことやら。

織田信長にまつわる謎というと、まず、桶狭間の戦いです。

続いて、本能寺の変、斉藤道三娘の帰蝶のその後。

いったい、どうなっていたのか。

ホント、信長は謎が多すぎるなぁ。

初夏の福井の旅 二日目 気比神宮

金ヶ崎城からちょっと行った所に、気比神宮という大きな神社があります。

北陸道総鎮守であり、日本三大鳥居でも有名です。

大きな敷地です。

平日なので参拝者もまばらです。

絵馬も鳥居ですね。

綺麗な鳥居です。

修繕したばかりなようです。

気持ちの良い空間です。

もちろん、御朱印も頂きました。

ありがとうございます。

是非、いいことあるとおもいますので、皆さんも行ってみてください。

私もちょっといいことありました。

初夏の福井の旅 二日目 旧敦賀港駅ランプ小屋

金ヶ崎城を一回り散策したあとの道すがら、ランプ小屋なるものがあったので、寄って見ました。

あまり鉄オタではないのですが、物好きな性分なので見てみましょう。

鉄道のランプ(車で言う所のヘッドランプ)を電気ではなく石油ランプで使用していた時代のものとのことです。

ライト無しでの夜の運転は怖かったでしょうね。

興味ある方は読んでみてくださいね。

ランプ小屋新聞、マニアック過ぎです。はい。

ただ、斜め読みすると、明治十四年に敦賀駅から京都大阪方面に鉄道ができたみたいなことを書いてあり、そこからランプ小屋ができ、それから明治四十一年に敦賀でも電灯が使われ始めると段々と少なくなっていったようです。

この場所は、貨物ターミナルとして今でも面影が残っています。

さて、気比神宮へ向かいます。

初夏の福井の旅 二日目 金ヶ崎城

金ヶ崎城に到着しました。

天筒山城にも行きたかったですが、時間的に諦めました。

この辺は歴史のある土地柄ですよね。

自分の中では大谷吉継公と北前船のイメージですかね。

青森(鰺ヶ沢、深浦)秋田(土崎湊)、山形(酒田)、新潟(寺泊、新潟)などを観光していると北前船に関わるところに巡り合います。

どこもその頃は隆盛した様子が伺えます。

物流の大切さや、商売の在り方なんかを考えさせられますよね。

その頃と比べ、今は色んなものが簡単に手に入る時代ですが、当時は命がけですからね。

鯖街道で鯖を運ぶだけでも死人が出たりするという過酷な頃です。

城の話をしてませんでした。

皆さんご存知の通り、金ヶ崎の退き口として有名なところです。

この時に朝倉氏は一応勝ちましたが、朝倉氏内部の弱さが後の滅亡に繋がっていると思います。

朝倉氏の場合常に決断が遅く、煮え切らないのがいけないですよね。

個人的に織田信長公はあまり好きでないもので、非常に残念です。

この時にしっかりとした追討戦をできていないのが、非常に朝倉氏の腰の弱さを表しているように思います。

国土地理院の地図で天筒山城域と金ヶ崎城をみるとこんな感じです。

月見御殿からみる眺めは非常に綺麗です。

セメント工場と火力発電所が目立ちますが、敦賀湾の穏やかな感じがいいですよね。

あとこういったキャラも最近はあちこち見かけますよね。

この娘は福娘香恋ちゃんと言うらしいですね。

[blogcard url=”http://kanegasakigu.jp/chara/”]

別段、2次元キャラも嫌いじゃないです。www

まぁ、地域が盛り上がるのなら、いいのではないかと思います。

初夏の福井の旅 二日目 剣神社

さて、この日は、この後、金ヶ崎城まで行って折り返すつもりです。

途中、織田家発祥の地でもある越前二ノ宮の剣(つるぎ)神社という所に寄りました。

織田は織田信長公の織田氏です。

雰囲気の良さそうな所だったので、つい立ち寄ったのですが、戦国武将つながりで余計に嬉しいです。

織田氏はここから、尾張に進出して根付いたとのことです。

織田信長公は氏神様として崇めたとあります。

この写真、ちょっと、よく見ると鳥が飛んでいます。

小さいので分かりにくいですが、ぱっと見、まるで鳳凰が飛んでいるみたいに見えます。

ちょっと拡大してみましょう。

鷺でしょうか。ちょっと知識無いので、よくわかりません。

ただ、繁殖期なのか子育て期なのかわかりませんが、鳴いていたのでよく覚えています。

神社にこんな大きい鳥が住んでいるなんて珍しいことがあるなぁ。。と思います。

御朱印を頂きました。

ありがたいことです。

道はこのまま南下して敦賀湾沿いに出て、さらに南下していきます。

初夏の福井の旅 二日目 東尋坊

丸岡藩砲台からちょっと走れば、最初の目的地の東尋坊です。

東尋坊の碑
東尋坊の碑

小学4年生の時に来たことがあり、それ以来です。

東尋坊の案内板まとめ
東尋坊の案内板まとめ

40年前の当時、能登半島に旅行に行くのがブームだったように思います。

東尋坊
東尋坊

景気の良い時代で、自分の父親もだいぶ羽振りが良かったです。

東尋坊
東尋坊

3泊4日で温泉旅館に泊まったのを覚えています。

確か、片山津温泉、輪島温泉、和倉温泉だったと思います。

東尋坊
東尋坊

父親は小さいながらも工務店をやっていましたが、関係する職人さんを集めてバス一台貸し切りで旅行に行きました。

東尋坊
東尋坊

30人位で行きましたから、かなりの金額になったのではないでしょうか。

東尋坊
東尋坊

費用は父親が出したのだと思います。

東尋坊
東尋坊

まぁ、当時は皆さんそういった時代だったんだと思います。

東尋坊
東尋坊

まぁ、それから色々ありましたが、こうやって自分も含め子供3人、育ててくれた訳ですので、その点は感謝しています。

東尋坊
東尋坊

さて、昔話は置いて、東尋坊ですね。

東尋坊
東尋坊

柱状節理が綺麗に出ていますね。

東尋坊
東尋坊

こういった風景は日本のあちこちにありますよね。

私もかなりあちこちで見たように思います。

ここは柱状節理の上に立って、眺めることができるのが良い所ですよね。

浸食した部分との高低差が素晴らしいです。

際に立って、下の写真を撮りたかったのですが、嫁様に「止めて」と言われたので、撮れませんでした。

次に来ることがあれば、遊覧船に乗ってみたいと思います。

公式のサイトをいくつか挙げておきますね。

[blogcard url=”https://kanko-sakai.com/spot/k001/”] [blogcard url=”https://www.fuku-e.com/spot/detail_1476.html”]

東尋坊の地図の載せておきます。

そのあと、小腹が空いたので、ちょっとしたお土産を買って、IWABA’s kitchenにてバーガーを頂きました。

IWABA's kitchen
IWABA’s kitchen

美味しかったですよ。おススメです。

IWABA's kitchen
IWABA’s kitchen

IWABA’s kitchenも地図を載せておきますね。

初夏の福井の旅 二日目 丸岡藩砲台跡

道の駅なめりかわを後にして、東尋坊を目指します。

昨晩乗った北陸道にまた乗り、2時間ほど乗って金津ICで降り、東尋坊へ。

途中、道路工事中で、停車中に目に入ったのが、この丸岡藩砲台です。

嫁さんに「寄ってみようか?」と聞くと「はい。」と、話が早いです。

自分が歴史的なものが好きなのをよく分かってくれていますので助かります。

ホント、私の興味のものを阻害せず、文句も言わずいつもついて来てくれて、感謝しています。

丸岡藩砲台
丸岡藩砲台

眺めが良い所です。

丸岡藩砲台
丸岡藩砲台

まぁ、そうですよね。砲台ですからね。

丸岡藩砲台
丸岡藩砲台

結構、日本中、あちこちでこういった砲台跡なんかを見受けられますよね。

丸岡藩砲台
丸岡藩砲台

でも、ここは結構、しっかり残ってました。

丸岡藩砲台
丸岡藩砲台

大砲はさすがに無かったですが、砲門跡がしっかりと残っています。

丸岡藩砲台

いくつかありました。

丸岡藩砲台

なかなか面白いところでした。

丸岡藩砲台

説明板によると、江戸時代末期の外国からの圧力に対する備えとして築造とのこと。

丸岡藩砲台

幕末の頃の切羽詰まった感じが伝わって来ますよね。

今とは全く違いますねぇ。

欧米諸国は植民地政策ですからねぇ。

植民地にならずに、ホント良かったと思います。

ホント、日本は素晴らしい先人が多くて、今があるんだよなぁ。と思います。

福井県の公式恐竜ブランド、ラプトくん

蛇足ですが、工事のこういったキャラって結構、地元キャラなものが多いですよね。

ちなみに単管バリケードというらしいです。

これなんかは、福井なので恐竜ってことですしね。

[blogcard url=”https://www.juratic.jp/”]

よくよく調べると、福井県の公式恐竜ブランド、ラプトくんってことです。

こういうのにも見ていくと興味が尽きないですよねぇ。面白いです。

2018 ~縄文を巡る旅~ 上野 国立博物館

車中泊の旅では無いですが、東北の旅行から帰って、すぐ、上野の国立博物館に行きました。

各地で見れなかった、縄文土器を見るために縄文展に来ました。

新潟や青森の博物館に無かったものがすべてここに来ています。

縄文展の展示品はすべて撮影禁止でしたので、それ以外の常設のなかで写真の許されているものを載せています。

ちなみに上の写真はレプリカです。

オープン時、かなりの並びようでした。

中も結構人が多くて自由に見るのはちょっと無理な感じでした。

日がな一日、国立博物館で色んなものを見学してました。

ホント、国立博物館は凄いし、見ていて飽きないです。

何回も来ているんですけどね。

帰りがてら国立科学博物館の横を通ったら、ラムダロケットランチャーが展示されてるのですね。

知らなかったです。

ちょっと、ラムダロケットに感激して、上野のガード下で一杯やってから帰りました。

帰ったら、駅から見た夕日が綺麗でした。

思わずパチリ。良い一日でした。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 7日目 上杉博物館・まとめ

上杉神社に参拝後、ついでと言っては失礼ですが、上杉博物館にも寄ってみました。

上杉神社には過去二回、参拝していますが、上杉博物館は見学したことがありません。

たまたま、岩合光昭さんの写真展もやってます。

猫好きですし、岩合さんの写真も好きなので、そっちメインで見学しました。

写真展は写真撮れないので思い出だけですが、楽しかったです。

例の飛ぶニャンコのクリアファイルを買って帰りました。

左が直江兼続公の兜で、右が上杉景勝公の兜です。

こちらが上杉謙信公の兜、この感じはカッコイイです。最高です。ハイ。

ジオラマなんかもあり、

ユルイ「カネタン」も発見

米沢の歴史をじっくり知ることができました。

そして、外に出てみたら、塩引寿司というものが売ってましたので、頂いてみました。

米沢の名産らしいですね。

美味しかったです。

さて、この日は道の駅協和から米沢までは途中高速道路を乗ったり降りたりしながら来ました。

上杉神社と博物館に15時までいて、それから下道で帰りました。

この日東北自動車道の上り方向は大渋滞でしたので、高速道路は全くイライラするだけで、こういう時には乗らないと決めています。

まぁ、下道を走ると遅いですが、渋滞しない道を、休憩したりしながら行けば、たいして気になりません。

ということで、家に着いたのは22時頃でした。

家のそばのスーパーで買い物して帰ってから食事を取りました。

お酒飲みたいですからね。嫁さんと打ち上げもしたいですしね。

今回の夏の旅行も、ホント、のんびりまったりで、スケジュールも行き当たりばったりな感じになりました。

でも、車中泊の旅は、その縛られない自由さがすごく魅力です。

費用はそうですね、ガソリンと高速代を入れて、総額で7万位だったと思います。

ガソリン代1.5万と高速代1.5万でした。

2人で6泊7日ですから、一日一人5千円ですね。

食事以外は、お土産と施設入館料、入湯料などが日々掛かります。

あとは、岩木山はドライブウェイで登るのに1800円、リフトの往復900円です。

最近は慣れてきたので、途中でビジネスホテルにも泊まらずに、オール車中泊とかになってきました。

でも、ちょっと街飲みもしたいですねぇ~。

次回の長期は年末年始ですので、その時はどこかで飲みたいです。

まだ、行先も決めてないですが。。

これが今までの車中泊した所と温泉に入ったところと飲み屋にいった所です。

見ての通り、次回以降の車中泊の候補は九州、四国、山陽ですかね。

どれも既にかなり行ったことありますが、車中泊ではないです。

行ってないというか、寄り付いていないのは、大阪、奈良です。

奈良はまだいいのですが、大阪はビジネスホテルでしょうかね。

都市部は車中泊として泊まるところにかなり困りますよね。

そのときは、じっくりスケジュールを考えましょう。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 7日目 上杉神社

さて、上杉神社です。ここは今回で3回目の訪問です。

真夏なので、確かこの日は米沢でも35度近くまで上がったような天気でしたが、

今回は神社の境内に入ったら、お天気雨になりました。

なので、雨粒が写真に写りこんでいます。

こっちは順光なので、写らなかったようですね。

こちらも雨のせいか光のいたずらが発生していますよね。

雨も参拝して境内を出る頃には止んですっかり涼しく参拝できたのが嘘のようです。

なんか、こういうお天気は神社から歓迎のメッセージらしいですね。

ホントなんでしょうか。

上杉謙信公に気に入られているなら、大変、光栄です。

ありがとうございます。

ちなみに最後の庭園風の写真は上杉伯爵邸です。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 男鹿半島 脇本城

続いて、脇本城です。

安東氏のお城ですね。

続日本100名城にも選ばれています。

ここも広大なお城のエリアです。

そして、またしても一部しか見れていないことになります。

この脇本城の南側は700mほど、地震によって海中に没したらしいです。

男鹿駅方向

この整備されているところだけを見ていました。

それだけでもかなりな広さです。

この整備したエリアからまだ、歩いていくエリアがあるのですが、ちょっと時間的に無理でした。

城下町として、今も残っている脇本地区

写真の先が海中に没したと言われる方向

土塁が残ってます。

安東氏の力が大きかったのが良くわかります。

相当、貿易でも稼いでいた様子です。

安東氏は祖を安倍氏としているとも言われているそうですね。

安倍氏の話は高橋克彦さんの本で出てきますよね。

高橋克彦さんの歴史小説は好きで、すべて読ませて頂きました。

そうして、東北の虐げられた歴史を知り、発展して安東氏や南部氏の本も読んだりしました。

本で知って、興味が湧き、行ってみる。自分のパターンです。

行ってみるのが、一番いいですね。今で言う、聖地巡礼ですよね。

世代は違えど、自分も端から見れば、オタクみたいなものでしょうね。

最後に国土地理院の地図を載せておきます。


赤が城域で、行ったのは下の黄色の部分だけです。

今回、写真で撮った部分は黄色だけです。

う~ん。。デカすぎです。。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 男鹿半島 寒風山

さて、寒風山にやって来ました。

寒風山から秋田方向
寒風山から秋田方向

ここも先ほどの八望台に続いて、素晴らしく眺めがいいところです。

全方位、あらゆる方向を眺めても綺麗なところです。

風も良く通るし、気持ちいい所ですね。

ここの駐車場に止めるとき、私たちの車のナンバー見て、係員の人が「熊谷から来たんかぁ~。暑い所から来たなぁ~。」と言ってました。

ハイ、よく言われます。

寒風山から入道埼灯台の方向
寒風山から入道埼灯台の方向

夏は、熊谷ナンバーを見て言う人が、かなり多くなりました。

まぁ、図らずも今年はまた、日本一暑い所を奪還したわけですが、そういった土地とはいえ、そこに住み暮らす人間が暑さに特別強い人間でもないです。

まぁ、そういう土地なので、逆にこうやって涼しい所に来ているわけで。。。

なので、夏に熊谷ナンバーを見ても、指をささないでくださいね。ww

寒風山から八郎潟の方向
寒風山から八郎潟の方向

ホント、日本中、どこいっても皆さん埼玉北部の地名、熊谷と言うと、「あぁ~。暑い所ね。。」とおっしゃいます。

知名度が高くなったと言えば、嬉しくもありますが、自分的には不名誉なことなので、言われると残念なニュアンスを含んでいるように感じ取れるので、ちょっと、寂しい感じです。

とはいえ、日本一暑い土地に住んでいて、夏のメリットは、洗濯物がすぐ乾くことでしょうか。

夏は2時間あればすべて乾きます。そもそもめっちゃ乾燥しているんですよね。

寒風山から能代方向
寒風山から能代方向

冬場もあんまり雨は降らないので、乾燥しています。

なので、冬場も洗濯物はよく乾きます。

困ることは、物干し竿にプラスチックの洗濯バサミを挟んでおくと、1年位で寿命になります。

プラスチックが乾燥して、カサカサになって、粉吹く感じになり、ツマミの部分を持つとパキッと折れます。

通常、そんななので、物干しハンガーはステンレス製一択です。

あぁ、そうだった、洗濯物、乾くのはいいのですが、放っておくと、色物のポロシャツやTシャツは色がすぐ褪せます。

寒風山から八望台方向
寒風山から八望台方向

なので、裏返しにして干すことになります。

夏はバテますね。夜もエアコンは付けっ放しでないと寝れないし。

それでも埼玉は災害は少ないので、住みやすいかもしれません。

夏の暑さと引き換えにどこまで我慢できるかでしょうか。

でも、熊谷周辺より、大宮あたりまで行くとちょっと夏の暑さも変わります。

寒風山から眺める噴火口跡
寒風山から眺める噴火口跡 噴火口の跡ですね。ちょっと阿蘇っぽくてそこがまたいいです。

夏の2、3度の違いはかなり違います。ハイ。。

サウナにいるような熱の感じですからね。。

なので、これからも夏休みは涼しいところへ行くことになると思います。

寒風山のことあまり書いてないでしたね。

ここ、ホント、眺めの良い所で、また、行きたい場所の一つです。

おススメしたい場所です。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 男鹿半島 男鹿真山神社

八望台を後にして、男鹿真山神社に参りました。

男鹿真山神社 仁王門
男鹿真山神社 仁王門

隣に「なまはげ館」があり、夏休みのため、子供達が多いです。

自分たちは「なまはげ館」には寄りませんでした。

男鹿真山神社 仁王門
男鹿真山神社 仁王門

雰囲気も良くいい神社でした。

男鹿真山神社 狛犬
男鹿真山神社 狛犬
男鹿真山神社 狛犬
男鹿真山神社 狛犬

ちょっと、狛犬くんたちの写真は逆光ぎみと木漏れ日のせいか、ちょっと不思議写真になってます。

片方がそうなら分かるのですが、左右で撮れてしまっているので、ちょっと分かりません。

まぁ、自分の場合、神社なのでそういうものだろうと思ってます。

男鹿真山神社 神楽殿
男鹿真山神社 神楽殿

自分が撮る神社の写真の場合はちょっといつもと違う感じになりがちなのが、割と普通なので今はあまり気にしていません。

クッキリ、ハッキリと撮れないのが、自分的には普通です。

男鹿真山神社 本殿
男鹿真山神社 本殿

どことなく、モヤっとした感じになるのが、通常運転です。

男鹿真山神社 御神木
男鹿真山神社 御神木

それでいいのか、と言われると、撮れるものは仕方ないです。ハイ。。

男鹿真山神社 本殿
男鹿真山神社 本殿

金色のオーブとか言うものではなく、この写真の場合は逆光なので、ちょっとしたレンズの加減ではないだろうかと思います。

白いモヤっとした感じのほうが、よくわかりません。

金色のお皿みたいなのは、ちがうカメラを使ってもそういう写真が自分では割と神社などでは撮れます。

パワースポットだからそういった何かに果たして反応しているのか、どうか。ん~~。

今回の岩木山神社の写真もちょっとモヤっとした感じだったりします。

あまりスピリチュアルなことには深くないので、細かいことはわかりませんが、今回はちょっと写真も少なかったので、載せました。

最後に御朱印を載せておきます。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 男鹿半島 八望台

入道埼灯台から八望台にやってきました。

眺めの良い所です。

男鹿半島 八望台
男鹿半島 八望台

ここはジオパークでもあります。

というか、男鹿半島・大潟ジオパークなので、入道埼灯台も入っています。

男鹿半島ジオパークの成り立ち
男鹿半島ジオパークの成り立ち

写真の一ノ目潟と二ノ目潟の間にあるのが八望台です。

生憎と一ノ目潟と三ノ目潟の写真は展望台の高さが足りず撮れませんでした。

八望台からの男鹿三山 真山、本山、毛無山
八望台からの男鹿三山 真山、本山、毛無山

写真は男鹿三山の真山、本山、毛無山です。

八望台からの寒風山
八望台からの寒風山

こっちは遠いですが寒風山方向です。

男鹿半島から能代まで見事な弓なりの浜が続く
男鹿半島から能代まで見事な弓なりの浜が続く

能代方面の弓なりな浜の感じが綺麗です。(何気に我がフリード君も写ってますが。)

八望台からのの入道埼方向
八望台からのの入道埼方向

入道埼灯台の方向、綺麗な眺めです。

外輪山が綺麗に残る
外輪山が綺麗に残る

ジオパークは割と行きます。

特に気にして行っている訳ではないのですが、気が付くと行った先がジオパークだったりします。

男鹿半島から伸びていく浜の感じはいいですね。
男鹿半島から伸びていく浜の感じはいいですね。

まぁ、そういうところが自分の見たいところなんでしょうね。

不思議な地形が多いので、惹かれるんですよね。

綺麗な眺めの所に行くと、気持ちが清々しくなります。

日頃のつまらないことを消し飛ばしてくれるように感じます。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 男鹿半島 入道埼灯台

檜山城から男鹿半島を目指します。

途中、お昼になったので、ご飯ですね。

ラースポ(野外ラーメンスポット)での簡単な食事
ラースポ(野外ラーメンスポット)での簡単な食事

この日もお湯を沸かしてラーメンです。

五里合海水浴場のそばで食べてます
五里合海水浴場のそばで食べてます

眺めがいいので、普通のラーメンも旨く感じます。不思議なものですね。

割とお昼は特別食べたいものが無い場合は、インスタントラーメンで済ませてます。

ただ、名物と言われるものがあるならば、名物を並んででも食べます。

もう、若くないので、ガッツリ食べないと持たないなんて事も無くなりましたので、メリハリを付けるようにしています。

北緯40度の地入道埼
北緯40度の地入道埼

男鹿半島も青森に続いて、綺麗な所が多いですので、是非、機会があれば行って欲しい所だと思います。

北緯40度を表すモニュメント
北緯40度を表すモニュメント
北緯40度を表すモニュメント
北緯40度を表すモニュメント

ということで、入道埼です。

北緯40度の地らしいですね。

北緯40度を表すモニュメント
北緯40度を表すモニュメント

知らずに来ましたので、何のモニュメントかな?としばらく見てました。

北緯40度を表すモニュメント
北緯40度を表すモニュメント

そして、やっと気づきました。

北緯40度を表すモニュメント 石の隙間が北緯40度線を示す
北緯40度を表すモニュメント 石の隙間が北緯40度線を示す

この岩の間のスリットが北緯40度を示しているということを。

遅い、遅いだろ、あんた。。。。

と、謎かけみたいなモニュメントに人間を試されましたが、素晴らしい風景です。

北緯40度の入道埼からの眺め
北緯40度の入道埼からの眺め

いい色です。特に何もいじってない写真です。

北緯40度の入道埼からの眺め
北緯40度の入道埼からの眺め

波も凪いでいて海と空の青が綺麗です。

北緯40度の入道埼からの眺め
北緯40度の入道埼からの眺め

そして、緑と雲の白、こういう風景がなんだかとっても好きです。

夏の空と海の色の美しさほど、見ていて飽きないものは無いなぁ。。なんて思います。

北緯40度の入道埼からの眺め
北緯40度の入道埼からの眺め

赤い屋根は海底透視船という観光船があるらしいです。乗りませんでしたが。

北緯40度の入道埼灯台
北緯40度の入道埼灯台

そして、最後に入道埼灯台です。

登れるようでしたが、これも登りませんでしたね。

なんでだろう?いつもこういうのは登るのですが。

たぶん、登らなくても、綺麗な景色でお腹いっぱいになったのだと思います。

次回、機会があれば登ってみたいと思います。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 檜山安東氏城館跡

伊勢堂岱遺跡に感動して、次はお城巡りです。

檜山安東氏城館跡 案内板

檜山安東氏城館跡になります。

檜山安東氏城館跡 登り口

この左の細い舗装道路を600m位登って行きます。

細い道で離合(すれ違い)はできないと思います。

途中に離合するポイントはあったと思います。

まぁ、訪れる人もほぼいないので、あまり気にしなくても大丈夫かと思います。

上にちゃんとした駐車場は無いです。

路肩みたいなところに置くしかないようです。

檜山安東氏城館跡 この写真の中に動物がいます。

着いて車を降りた瞬間、なにか視線を感じます。

檜山安東氏城館跡で出会うニホンカモシカ

なんと、ニホンカモシカがお出迎えしてくれました。

檜山安東氏城館跡 郭の感じが出ていますね

この日は熊やらニホンカモシカやら動物に関することが多く、特にこういった山城だと熊が出るかもしれないのがちょっと怖いですねぇ。

なので、熊除けにスマホで音楽をMAX音量で城巡りです。

檜山安東氏城館跡 三の丸へのアプローチ

曲はスタイルカウンシルのラストアルバムを聴いてました。

スタイルカウンシル、大好きなんです。

檜山安東氏城館跡 三の丸

ポールウェラー、大好きです。

Paul Weller Japan Tour 2018

今年来日した一月の雪の日の東京ライブにも行きました。楽しかったなぁ。

行ったらなんと同級生にばったり会ったりして楽しさ10倍でした。

子供達が独立したので、余裕ができライブとかに去年あたりから良くいくようになりました。

檜山安東氏城館跡 左の台地が二の丸

音楽は主に洋楽です。

Swing Out Sister、Simple Minds、Simply Red、U2、Queen、Duran Duran、Pet Shop Boys、Nile Rodgers、New Order、T-Rex、Level 42、The Human League、Haircut 100、Depeche Mode、なんかでしょうかね。

檜山安東氏城館跡 三の丸

ピコピコ系は好きですね。

最近だとCold PlayやMaroon 5、Pharrell Williamsなんか好きです。

邦楽はMonkey Majik、スピッツは好きでライブあれば行きますよ。

檜山安東氏城館跡 案内板

話がすっかり逸れてしまいましたが、今回の旅行は裏メニューで安東氏を巡る旅でもありました。

檜山安東氏城館跡 右手が三の丸

なので、この檜山城には来たかったのですね。

檜山安東氏城館跡 手前左手二の丸、奥本丸

ここもそうですが、名だたる氏族の本城はやっぱり大きく壮大ですね。

車では本丸周辺しか見れてないですが、

檜山安東氏城館跡 三の丸からの眺め

夏はとても藪が茂っていて、全てを巡るわけにはいかず、本丸周辺のみを散策して終了でした。

ちょっと熊にビビッてたのもあり満足に探訪できてませんでしたね。

資料としては能代市のサイトが良いと思います。

[blogcard url=”https://www.city.noshiro.lg.jp/res/kanko/views/shiseki/967″]

国土地理院の地図で見てみると、この三つの塊が城域だったようです。

そして二重丸になっている部分しか見ていないということになります。www

デカイ、デカすぎです。

安東氏の力の大きさを感じますね。福島城もデカかったしなぁ。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 伊勢堂岱縄文館

さて、大館能代空港に泊ったのには訳がありまして、大館能代空港から車で5分強ぐらいの距離にある、伊勢堂岱遺跡にどうしても来たかったのであります。

伊勢堂岱遺跡
伊勢堂岱遺跡

縄文好きの方なら、きっとわかってくれると思います。

伊勢堂岱遺跡
伊勢堂岱遺跡

ここは凄いことにストーンサークルがありでなおかつ、縄文土器たくさん出過ぎという、超ミステリースポットみたいな所です。

ミステリースポットなんて書くと怒られそうですが、青森から北秋田の辺りは不思議な所がおおくて、大湯環状列石、黒又山ピラミッド、新郷村のキリストの墓、大石神ピラミッド、ドコノ森の不思議な石、十和田湖にも不思議な所があり、他にもミステリースポットがありますよね。

なので何か青森と北秋田には不思議な力があるのかもしれません。

とはいえ、ここはとても素敵で純然たる縄文の遺跡です。

伊勢堂岱遺跡 面白い土器
伊勢堂岱遺跡 面白い土器

可愛らしい、土器、土偶がいっぱいあります。

伊勢堂岱遺跡 土偶の数が凄い
伊勢堂岱遺跡 土偶の数が凄い

凄い量が展示されています。

とても写真ですべてを見せることはできないです。

伊勢堂岱遺跡 出土品の色々
伊勢堂岱遺跡 出土品の色々

私たちが訪れた時は、まだ、時間が早く伊勢堂岱縄文館は開館していなくて、ならば遺跡を先に見ようかと思いましたが、案内には必ず縄文館にて受付をしてください。とあります。

なんでなんだろう?通常、遺跡は解放されていることのほうが多いのですが?

と思って、開館していない縄文館に行き、開館の準備をされている職員の方に聞いてみると、なんと熊が出るとのことです。

なので、閉館している間は、電気を流した柵にて閉鎖してあり、開館時にその柵を開放する際に職員の方が必ず遺跡を一巡りして安全を確保してから、訪問された方々を案内するという仕組みになっているそうです。

伊勢堂岱遺跡 ストーンサークル
伊勢堂岱遺跡 ストーンサークル

そんな熊に対する安全対策を感じながら、遺跡を拝見させていただきました。

案内時も、遺跡の所には地元のボランティアの案内される方が説明してくれました。

丁寧に面白く地元の話なども交えて、説明して頂き大変楽しい遺跡巡りになりました。

伊勢堂岱遺跡 ストーンサークル
伊勢堂岱遺跡 ストーンサークル

話が少し飛んでしまいましたが、伊勢堂岱縄文館にて開館した際に、縄文館を夏休み期間だけなのか地元の中学生が案内してくれました。

少し緊張している様子が伝わってきますが、丁寧な案内で非常に助かりました。

伊勢堂岱遺跡 ストーンサークル
伊勢堂岱遺跡 ストーンサークル

こういった経験が中学生の将来に役に立つだろうなぁ。と素直に思います。

いい教育だと思います。誇るべき地元の財産ですよね。

大切に受け継がれてほしいと思います。

ちなみに、私の同僚でたまたま大館出身の人がいます。

聞いてみたら、やっぱり知っていて、高校生の時(30年くらい前)よく土器やら土偶やらを掘りに来ていたそうです。wwww

でも、地元の方は、それが普通だったようです。

今でこそ保存するべき遺跡としてしっかりしたものになってますが、当時はただの岡であり野原という感じで、土器、土偶が出る場所という認識みたいです。

[blogcard url=”https://www.city.kitaakita.akita.jp/isedotai/”]

下記は伊勢堂岱遺跡のHPからちょっと引用

「平成7年度、大館能代空港アクセス道路建設に先立つ発掘調査で発見され、環状列石や配石遺構、掘立柱建物跡、土壙墓、捨て場など、多くの祭り・祈りの施設が見つかっています。

遺存状態がよく学術的価値が高いことから、平成13年1月、伊勢堂岱遺跡は国の史跡に指定されました。」

ここはストーンサークルが4つもあるという凄いところです。

是非、興味がある方は、訪問してみてください。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 6日目 大館能代空港

一夜明けて、大館能代空港を見学してみました。

朝8時なのですが飛行機はまだフライトの時間では無いです。

なので、人もまばらで同様に見学している人が若干2~3組いるかなぁ。と言う感じですね。

大館能代空港
大館能代空港

写真の通り、メインの玄関なのですが、人通りは。。。。

それは、さておいて、中の見学です。

大館能代空港のなまはげ
大館能代空港のなまはげ

うん。いいですね。なまはげ。

少し、可愛らしい感じになっているのは、子供さんが怖がらないようにでしょうかね。

トラウマにならない程度に。。。ってことでしょうか。。

大館能代空港の秋田犬
大館能代空港の秋田犬

はい、秋田と言えば、不動の秋田犬ですよね。

本物には会えませんでしたが、どうやら8の付く日はお出迎えしてくれるようです。

本物に会って見たかったなぁ。。。

というか、子供の頃に飼ってました。

自分が小学校1年生の時です。

たぶん思い起こすと成犬でもらって来たのだと思いますが、小学一年生の自分が乗っても気にしないくらい大らかな性格のワンコでした。

飼い始めてひと月も経たないうちに、近所の2つ下の男の子が秋田犬が食事している最中に、手を出して噛んでしまい、保健所に行くことになってしまいました。

幸いにもその男の子は大きなケガにはなりませんでした。

結果、その秋田犬も不幸だったし、その噛まれた子もそれからは犬がトラウマとなりました。

今は管理の問題でそういったことにならないようにしないと行けないでしょうが、当時(およそ45年も前のこと)だと、鎖で繋いでいただけで、いつでも触れる状態でしたからね。

大らかな時代と言えば大らかな。。

そういったことがあり、大型犬を飼うのはちょっと気が引けます。

小型犬はその点可愛らしいもので、扱いやすいので良いですね。

カワイイと思います。

昔、営業マンをしていて、住宅街を歩いていると、見も知らずのワンコが、自分を見ると横になって腹を見せて、撫でてくれるのを待っている。という光景を何度も体験しました。

「番犬になって無いじゃんか~。オマエ、カワイ過ぎるだろ~。」

なんて調子で、そういうワンコを、ナデナデしてました。

多いときで一日5匹ぐらいのワンコを撫でてましたねぇ。。

後で聞くと、それって余り普通のことではないらしいですねぇ。

服従なのか、敵意の裏返しなのかは分かりませんが、ナデナデされているときは気持ちよさそうでしたので、私のことを嫌いではないようですね。

どうも動物には好かれるタイプのような感じではあります。

他にもエピソードがありますが、それはまた別な機会で。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 5日目 十二湖

さて、旅も進み、美しい風景に心が癒される旅、そんな楽しい青森も本日が最後です。

最後には訪れたのは十二湖です。

十二湖の一つ落口の池
十二湖の一つ落口の池

何度も言って、申し訳ないのですが、素晴らしい所です。

語彙力が足りずスイマセン。

なんというか、この場所にいるだけで癒されます。

魂が浄化されるように感じます。

十二湖の一つ青池
十二湖の一つ青池

青池はホント綺麗でした。

青と言うより藍色ですかね。

ここは訪れる時間と季節でかなり見え方が違うように思います。

ですが、写真の通り、ただ写真を撮っただけのもので、なんの加工もせずとも綺麗です。

素晴らしいところです。

ブナの自然林が続く
ブナの自然林が続く

ブナの森も気持ちよく、この森の中にいるだけで、気持ちいいです。

あぁ、人間なんて所詮、自然の中の一部では本来、力の弱い生き物で、こういった大自然の中では、生かせてもらっている存在なんだなぁ。。。とこういう所に来るたびに思います。

十二湖の一つ長池
十二湖の一つ長池

ましてや、ただ、写真を撮るだけで、これだけの綺麗なものが撮れるなんてなぁ。。。

なにかが舞い降りて来そうな感じですよね。

また、来れると嬉しいです。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 5日目 千畳敷海岸

岩木山を後にして、千畳敷海岸に来ました。

皆さん、磯遊びをしているようですね。

子供たちが夢中になって色んなものを採取していますねぇ。。

カワイイですね~。

自分の子供達もあんなだったなぁ。。そういえば。。

てか、振り返ると、自分もそうだよなぁ。

なんて、昔を思い出しますねぇ。

いい所です。

流石に千畳敷と言うだけあって広いですね。

千畳敷とは岩盤が露出した感じのことでした。

まぁ、和歌山の千畳敷も同様に岩盤が露出した感じでしたね。そういえば。

ちょっと、残念なことに駐車場が小さいので、タイミングによっては止められないことがあるかと思います。

真夏の青森・秋田・山形を巡る旅 5日目 高照神社

続いて訪問したのは、高照神社です。

高照神社
高照神社

岩木山神社からは5分も掛からない所にある神社です。

高照神社由緒書き
高照神社由緒書き

こちらは初代津軽為信公と名君津軽信政公を祀っている神社です。

高照神社と馬場跡の謂れ
高照神社と馬場跡の謂れ

こちらに参拝させていただいたのは、上記の武将が祀られているいるからです。

高照神社と馬場跡の謂れ
高照神社と馬場跡の謂れ

先に御朱印を集めていると書きましたが、種類分けしています。

まず、パワースポットとしての御朱印帳、

一般的な神社としての御朱印帳、

そして武将が祀られている神社のみを集めた武将御朱印帳、

そしてお寺さんの御朱印帳です。

高照神社の馬場

今回は当然ながら武将御朱印帳に貴重な御朱印を頂きました。

高照神社の御朱印
高照神社の御朱印

なので、武将御朱印帳には武田神社、上杉神社、真田神社、各地の東照宮、など多くの有り難い御朱印を頂いております。

高照神社には馬場があるのが他と違って素晴らしいですね。

ちなみに御朱印は門前の「安倍由美子酒店」さんで頂くことができます。

ついでと言っては失礼ですが、高岡の森 弘前藩歴史館にも寄らせて頂きました。

津軽信政公具足
津軽信政公具足

津軽藩の成り立ちから廃藩までの歴史が分かりやすく説明されています。

津軽藩の範囲と支配下の村分布
津軽藩の範囲と支配下の村分布

まだ、今年2018年の4月に出来たばかりだそうです。

岩木山と弘前周辺のジオラマ
岩木山と弘前周辺のジオラマ

なので、展示物も綺麗です。

こちらは珍しいガラスのハンコ
こちらは珍しいガラスのハンコ

自分的には各歴代の藩主のハンコが良かったです。

なかなかお目に掛かれないように思います。

武者画帖 伝狩野松栄
武者画帖 伝狩野松栄

色んなものが展示されていて見ていて楽しかったですね。

良い博物館でした。

入場料は300円なので、お気軽に入ることが出来ると思います。

眼福です。ありがとうございました。