「東北車中泊の旅八泊九日その4」 多聞山 松島 四大観

鹽竈神社を参拝したあとは、松島四大観の一つである多聞山へ向かいます。

松島自体は過去2回ほど訪れていますので、まだ見ていないマイナーな所から、見てみようということです。

マイナーと言っても、松島四大観というしっかりとしたネーミングが付いているので、きっと素晴らしいところでは?と思っています。

松島四大観とは、東西南北から松島を眺めることができるビュースポットのことらしいです。

それぞれに名前が付いています。

大高森:壮観

富山 :麗観

多聞山:偉観

扇谷 :幽観

があります。

駐車場からは塩釜港の方角が見えてます。松島は反対側

場所は上の写真ですね。海岸側ではなく山側から降りて行く感じです。

公園を抜けていきます。

太平洋側も見えたりします。

観音様を右手に見て下って行きます。

毘沙門堂があります。ここが眺めスポットですね。

良い眺めでした。

さすが松島四大観と言われるだけあります。

良い眺めでした。

「東北車中泊の旅八泊九日その4」 鹽竈神社

さ、東北歴史博物館を後にして、お昼ご飯は牛タンなんぞを食べまして、鹽竈神社にお参りです。

利久でお昼、美味しかったです。1,450円↑

 志波彦神社と鹽竈神社があります。

駐車場からは志波彦神社が近いので、まず志波彦神社を参拝させて頂きます。

こちらは志波彦神社の鳥居大きいですよ

志波彦神社には志波彦大神が祀られているそうです。

ちょっと鹽竈神社のHPを参照してみると、以下のように書いてあります。

[blogcard url=”http://www.shiogamajinja.jp/”]

「志波彦大神とは如何なる神様なのでしょうか。 そのヒントが御神名であり志波とは「物のシワ」つまり端を指す言葉で、仙台市内に志波町、栗原市志波姫に志波姫神社(式内社)、岩手県紫波郡に志波城跡、志和稲荷神社・志和古稲荷神社とシワの名を持つ所が点在します。

これは大和朝廷の統治範囲が北進するにつれ、シワの地(朝廷勢力圏の端)が遷っていったと思われ、この地方で信仰されていた国津神(土着神)を志波彦神或いは志波姫神と呼んだものと考えられますが詳らかにはなっておりません。

但し農耕守護・殖産・国土開発の神としての信仰が伝わっており、農耕を生業としていた人々の守護神だったのでしょう。

志波彦神社が鹽竈神社境内に遷された理由には、鹿島・香取両神宮の御祭神(鹽竈神社左右宮御祭神)の東北地方平定に協力された御神縁に拠るものと言われております。」

明確には分からない感じですが、鹿島・香取両神宮が東北を平定したときの案内をした方(塩土老翁神)なのかな?という感じですね。

古来から大きな神社だったのではないかなぁ。と思います。

そして、鹽竈神社ですが、Wikipediaから抜粋するとこうあります。

[blogcard url=”https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%B9%BD%E7%AB%88%E7%A5%9E%E7%A4%BE”]

「鹽竈神社は、武甕槌命(鹿島神宮御祭神)・経津主神(香取神宮御祭神)が東北を平定した際に両神を先導した塩土老翁神がこの地に留まり、現地の人々に製塩を教えたことに始まると伝えられる。」

とあります。なんと、香取神宮・鹿島神宮ともご縁があるようです。

門から見えるのが左右宮拝殿(要するに香取神宮・鹿島神宮の御祭神)が祀られています。

右宮・左宮とあります。

左宮に武甕槌神(鹿島神宮御祭神)・右宮に経津主神(香取神宮御祭神)となるそうです。

そして主祭神である鹽土老翁神(しおつちおぢのかみ)を別宮で祀っています。
鹽土老翁神は塩の神・安産の神として庶民の信仰を集めてきたそうです。

献上台ならぬ献魚台。

海のそばだと言うことを物語りますね。

こちらが主祭神の祭殿(主祭神の塩土老翁神)、いずれも凄く立派な造りで綺麗です。

御朱印も頂きました。ありがたいです。

最後にここ鹽竈神社のおススメは狛犬ちゃんです。

なんだろう。凄く愛くるしい。最高です。

この子、左にいて「ん」を現す。

この子、右にいて「あ」を現す。

あれ?狛犬ちゃんの並びも逆なような??

ん?気のせいか。

右が「あ」で左が「ん」でいいのか。

なんにしても、御祭神に関しては、謎が多い感じの神社でした。

でも、雰囲気が良くて、気持ちいい所なのは間違いないです。

御朱印は鹽竈神社にて志波彦神社と鹽竈神社の御朱印を頂けます。

「東北車中泊の旅八泊九日その4」 東北歴史博物館

多賀城跡から離れて、すぐそばにある東北歴史博物館に来ました。

大きい博物館です。

多賀城跡に関しての博物館かな?とか思いましたが、縄文・弥生から平安時代、奥州藤原氏、戦国・江戸時代はさらっとしてほぼ無しで、明治から近代まで、あと地域の風習を網羅しています。

戦国・江戸時代の伊達家に関係するものは故意に除かれているらしく、全然、展示されていません。

伊達家関係は瑞巌寺へ行って見て欲しいということでしょうかね。

もちろん多賀城に関しての展示もありますよ。

それはさておき、ちょっとおもしろいなぁ。と思うのは以下のコーナーです。

総合展示室の「村におけるワラの神々」コーナーが凄いです。

こういった藁などで編んだものを、村と村の境になる道の入り口辺りに建てて、村を守ってもらうらしいです。

ウチの辺りだと道祖神にちかいですかね。

悪いものが集落に入り込まないように、という「まじない」みたいです。

畑や田んぼの作物を守るのと病気なども入って来ないよう願いを込めているそうです。

昔、東北は飢饉に遭いやすかった背景があるように思います。

なんとか、悪いものが入ってこないように、無事、過ごせるようにという思いが伝わって来ます。

初めて見たときはビックリしました。

あまり、夜、車のヘッドライトでは見たくない感じではありますね。。

可愛らしいのもあるし、シュールでもあるし、インパクトもあるし。

こちらはなまはげ的なお祭りの時の装束らしいです。

東北は何度も飢饉に遭っているので、こういった神様をお祀りすることで祈りを捧げたのでしょうね。

あとは馬の産地らしく、以下のような、馬に産地を示す焼き印(ちょっとかわいそうですが。)とかは初めて見ました。

あと、縄文土器は何度見ても面白いです。

遮光土器は両足あって、完全体だし。

その右の腕組みしてるのは可愛いですね。

お面も鼻が曲がっているのとか、ユニークです。

こっちのイノシシのやつは可愛いです。

フィルム上映でワラの神様に関する話をやってたりしましたので、見学したりしました。

なんだかんだで2時間半ほどいて、満喫しましたよ。

見学の最後に、敷地内に東北ならではの古民家を移設してあるスペースが外にあります。

それを眺めたり、外にある池を眺めたりしていました。

池をながめていると、餌付けされていのかな?、雀と鴨がすぐそばまで寄ってきたりしました。

残念ながら餌は持っていなかったので、あげれませんでしたが。。

結構、楽しかったです。おススメです。

「東北車中泊の旅八泊九日その4」 陸奥総社宮

多賀城跡を散策していて、鬼門方向に神社があるなぁ。と思い行って見ると、陸奥総社宮という神社がありました。

きっと、多賀城を守る為の神社でしょうね。と思い行って見ました。

鳥居の後ろになにやら、色んな神社の名前が書いてあります。

どうも、合祀されているようです。そのため総社宮という名称らしいですね。

調べてみると陸奥国31郡の錚々たる神社が100社合祀されているようです。

なんか一度にお参りできてお得って感じもしますね。

有名な所ばっかりで、行きたい神社がかなり載ってます。

ちなみに近くに荒脛巾(アラハバキ)神社もあるんですね。

知っていれば寄ってみたかった。

高橋克彦さんの小説にたびたび荒脛巾神が登場するので、ちょっと興味があります。

さ、お参りしましょう。

後から知ったことですが、こちらにお参りしてから鹽竈神社へお参りするのが良いらしいですね。

たまたま順序通りに参拝できて良かったです。

雰囲気も良くて、また訪れてみたい神社です。

御朱印は頂けるのか、ちょっと分かりませんでした。

「東北車中泊の旅八泊九日その4」 多賀城跡 宮城県 日本三大史跡

2019年8月8日、夏の旅初日の話です。

旅の初め初日の一発目は多賀城跡です。

ここは以前、来たことがあるのですが、通り過ぎた程度なもので、しっかり見て無かったのですよね。

GPSゲーム攻略の為なんですけど。

なので、しっかり見てみようと思い今回は時間を掛けてゆっくり見たいと思っています。

多賀城は蝦夷討伐の為の拠点となった所ですね。

自分的には高橋克彦さんの歴史小説で蝦夷の歴史を知り、訪れて見たいと思いました。

高橋克彦さんの本は面白いですね。

本への没入感が凄くて、次はどうなるのか?次はどうなるのか?とワクワクして読んでました。

このほかにもアテルイも読みましたし、時宗も読みましたよ。

しかし、この本の中で知った蝦夷の歴史には考えさせられました。

当時の蝦夷の方々の無念さは測り切れないです。

ただ、当時は和人も庶民はさしてどうということもなく、貴族のみが人なり、それ以外は人ではないぐらい差があったのだろうかと思います。

そう考えると、現代に生まれたのは、良かったのでしょうかね。

さて、そんな多賀城ですが、一回りするのに約2時間程、掛かりました。

広いですね。

当時の城柵はホントどうしてか縄張りを四角にしますよね。

あれだと地形的にマッチしなくて、弱い部分がかなりできそうですけどね。

でも、兵を常駐しておくことで、抑止力として働いている感じなのでしょうね。

本来は国府とか役所の意味合いのほうが強いのでしょう。

正殿跡の礎石の中に、願掛けすると宝くじが当たるものがあるとか。

日本三大史跡の一つでもあるらしいです。他は、奈良の平城京、福岡の太宰府とのこと。

そういえば、平城京は修学旅行で行ったのだっけ?忘れました。。

太宰府には何度も行ったことがあります。

平城京かぁ。久しぶりに奈良に行きますかねぇ。

明日香村にも行きたいし。

ブルーベリー摘み 埼玉県美里町

2019年7月27日 この日は毎年恒例のブルーベリー摘みです。

白い実が多いですね。

今年は天候が悪く、梅雨明けが遅かったので、ブルーベリーの生育にもかなり影響しているようです。

例年だと、7月末であれば、食べごろで黒く大きくなってますよ。

 もう一週間か二週間遅いほうが良いブルーベリーだったろうと思います。

のどかな所です。周りは田んぼ。↑

まぁ、でも、農場が大きい所なので、出来の良いものだけを選んで摘んでいけるので、その点は楽です。

でも、例年よりも成りがいい木が少なかったので、時間の割には収穫が少なかったですね。

ちなみに埼玉県美里町はブルーベリー摘みを行える所が多いです。

そして、自分が行くところは100g=100円と安くおススメです。

周りは100g=200円の所が相場らしく、ほぼ100g=200円の所が多いです。

ウチは夫婦二人2時間くらいで約8kg摘むのが例年なのですが、今年は6kgでした。

まぁ、摘みに行けるタイミングがこの日しかなかったので、仕方ないですね。

来年はもうちょっと天気が良いと良いですが。

ブルーベリー畑は二つあって、ここから奥へ50m位10列位あります。
もう一つ畑はこれの半分くらいです。かなりの量です。↑

ところでウチはもう10年程、ブルーベリー摘みをしているので、装備もしっかりしてます。

ブルーベリー摘みの装備・服装

1.毛虫が結構いますので、長袖が基本です。
2.朝は畑が濡れていることが多い、畑なので土が柔らかいので、長靴が良いです。
3.日差しが強いので帽子が必要です。
4.熱中症対策のため朝一番から摘む。
5.虫や枝からの保護に手袋が必要です。
6.籠は支給されるのですが、小さくて面倒なので、写真のようなものが便利です。

ウチは摘んだブルーベリーは全てジャムにしてます。

8kgあると1年通して毎日楽しめるのですよね。

あと凍らせてからスムージーにしたりしてますね。

さて、ブルーベリー摘みの場所ですね。

ここ2年ほど、以下の堀内ファームブルーベリー園にお世話になっております。

意外と県外の方が多いですね。上手に検索されて来ているようです。

富士登山 持ち物リスト

自分の登山してみた結果、持ち物リストを考察してみると以下のようになりました。

持ち物リスト
登山装備登山用リュック 20~30ℓ程度 腰でホルードするものがいい25Lで入り切る位の荷物が楽だと思う。大きいと余計なものを入れる
リュックカバー 基本リュックに付いているが、無い場合は用意防水スプレーしておく
トレッキングシューズ(なるべく防水性のいい物)ハイカットのもの、防水スプレーしておく
ストック下山時の膝への負担がかなり減る。
ヘッドライトと予備電池御来光を見るための夜間登山時
ゲイター(靴のなかに雨や砂や小石が入りにくくなる)必要、下山道は小石が多く靴に石が入りやすいので防ぐ
スポーツタイツ・スパッツ(運動を補助するもの)履くとかなり楽
雨具(防風、防寒にもなるもの、安価でシンプルなものでいい)耐水圧、透湿度に注目、ワークマンで良い
帽子帽子は薄いのと冬用(耳が隠れるもの)の2種類
手袋帽子と同じく薄手と厚手があるといい。
フェイスマスク(下りのとき鼻の穴が真っ黒になるのを防ぐ為)あった方が良い。タリバンみたいのが良い。
サングラス天候によって必要
服装厚手の長袖シャツ要らなかったが、あってもよかった。登山用が良い
長ズボン登山用で
防寒着(ダウンジャケット・フリースなどを重ね着する)フリース+ダウン+カッパで良い
厚手の靴下(登山用・スキー・スノボなどのもの)靴擦れにならないように
タオル(汗拭き、手洗い、枕カバー用)長タオルよりも普通のタオルが良いように思う。下山時のマスク替わりに
就寝時の着替え(雨や汚れで寝袋の使用を断られる時がある)最低限の下着だけで良い、タオルさえあれば拭いて凌げる
飲食行動食(エナジーゼリー・カロリーメイトなど)エナジーゼリーが一番良かった。
間食 チョコレート、あめ など塩飴のみ必要、口に残るものは水分が必要になるのでやめる
水分 1リットル程度(山小屋で売っているので別段不要)いらない買えば良い。買うならエナジードリンクが良いがゼリーで補える。
その他スマホとモバイルバッテリーモバイルバッテリーは軽いもので。1回充電できれば良い。
カメラと予備バッテリー軽量・コンパクトのものにするべき
ビニール袋(ゴミ袋・ジップロック)ビニール袋に着替えなどを入れてリュックに入れる(雨対策)
薬、絆創膏,日焼け止めなど医療品日焼け止めは必ず必要
地図 (持ってない人は、いらない)要らない、案内板はしっかりしていて不要
保険証念のため
現金 (暖かい飲み物、食べ物を購入)*トイレ200円トイレの小銭が必要
トイレットペーパー 適量大して使わない
目のよくない人(メガネ、コンタクトの予備)ケースも忘れずに

注意事項

下着 → なるべく綿の生地は避け、化学繊維などの汗を出してくれるウェアが良い、濡れても肌寒さを感じないもの。

普段、綿の下着の人も、下着の着替えを持つべきだが、荷物になるのでなるべく避ける。

汗をかいた状態のまま頂上付近で御来光を待っていたりして、強風に吹かれると、とても寒く感じ、その後の体調を崩してしまう恐れがある。

足の爪を短めにしておく(下山時に血豆になり血だらけになる可能性がある) 山頂の気温は関東の真冬と同じくらいの気温。

なおかつ、通常、単独峰なので風が相当強く、体感温度が-5度位に感じるのが普通。

ダウンジャケット・フリース・カッパを重ね着して防寒をする。

一泊でも雨天でないようであれば、着替えは持たない方が良い。

ホント、荷物は少ないようにするべき。

富士登山 

2019年9月6日~7日、人生初の富士山へ登山してきました。

会社の同僚が以前から誘ってくれていたのですが、いつも彼らの登山は弾丸登山なので遠慮していました。

ですが、今年は会社の女性陣も「行きたい!連れてって。」とのことになり、一泊二日ということになったので夫婦で参加しました。

結果的には二日共、天候に恵まれて風も無く穏やかで最高の富士登山となりました。

自分的にはまた登ってもいいなぁ。と思っています。

ただ、嫁はダメでしょうね。全くの足手まといでしたので。

いつも登山はそうですが、付きっ切りで面倒見ることになり、自分的には不完全燃焼でしたね。

今回、彼女は特に酷かったですね。体力の無さと高山病と荷物の重さでグロッキーでした。

今回は彼女が歩くのが遅く時間が掛かりすぎて、お鉢巡りもできなかったし、そもそも剣ヶ峰にも行けなかったんですよね。

吉田ルートから登り淺間大社 奧宮 久須志神社で御朱印を頂き下山となりましたからね。

日頃の運動不足がテキメンに出ていますね。

食事もそもそも自分よりも食事は旺盛で食べるしね。

ちょっと真剣にダイエットしてもらいたいと思います。

さりとて、自分はどうなんだと言われれば、彼女よりはマシって程度でしょうか。

彼女のペースに付き合っていたので、息は上がらず、(なので高山病にはならず)のんびり写真を撮りまくってたので、そこは楽しかったですが。

ただ、今回、自分も含めて荷物の重さが気になりました。

そもそも、荷物が少なければ(体の脂肪分も含めて)、息が上がる=だんだん高山病になる。ってサイクルに陥らないと思うのですよね。

なので、ホント、極力荷物は少なくしないとダメですね。

それと疲れ果てて、着の身着のままで寝てましたので、結果的に山小屋での着替えとかは必要無かったですね。

とはいえ、雨の時は濡れたままというのは困るので、タオルは必要ということでしょうかね。

ところで、山小屋に初めて泊まりました。

押入れの2段目に雑魚寝といった感じです。

7:30頃消灯で、2:30に起床です。

とはいえ、高地なのでか、時間が早いからなのか、妙に寝付けないのですよね。

体は疲れているのですが。。

寝袋は暑くて、入っておられず、毛布のみ腹にかけて寝ましたが。。

寝たのか、寝てないのか、分からない感じでした。

とはいえ、翌日もしっかり動けたので、まぁ、多少は寝たのでしょう。

下山して駐車場に着いたときには車で3時間ほど爆睡しましたが。。

でも、ホント、天候のありがたさを感じました。

「愛知・長野車中泊の旅二泊三日」 尖石縄文考古館

さ、旅は翌日の2019年7月14日となっています。

この日は縄文のビーナスに会いに行きます。

というか、それだけしか予定がなく、あとは帰るだけなので、のんびりと下道で行きますよ。

こちらが縄文のビーナス↑

私、城(戦国時代)だけが好きなわけでもなくて、縄文時代や弥生時代、果ては平安・鎌倉・・・、まぁ、江戸時代より前の歴史は全般的に好きです。

幕末からこちらはちょっと夢が無いというか、えげつない感じで、概ね知ってはいますが、興味が湧きません。

ここ数年、2016年から毎年、夏は東北へ旅するようになり、特に青森・北秋田に行く度に縄文の遺跡を見ています。

こちらは仮面の女神

そうしてみていると、新潟の火焔型土器や長野の縄文土器などにも興味が湧いて来て、こうして今回は縄文のビーナスへ足を運ぶようになりました。

縄文時代は平均気温が今よりも2、3度高かったと言います。

なので、東北に縄文文化が花開いたみたいですね。

赤い点が縄文時代の遺跡、青い点は弥生時代、緑は旧石器時代↑

となると、逆に南の地域は相当暑かったことになりますよね。

我が埼玉北部は現代でも灼熱の地でありますが、当時でも埼玉北部には住んでいられないということですよね。www

さすがに近いせいか、火焔型土器のテイストを感じますね。↑

まぁ、当時は海岸線も今よりは標高の高い位置にあっって、都心部の荒川沿いや江戸川(利根川)沿いも海の下で、千葉はほぼ島みたいな感じだったわけです。

我が埼玉県も利根川沿いは北本辺りまで、海が入り込んでいたというし、荒川沿いは川越辺りまで、そうだったらしいですね。

関東は相当、入り江が入り組んでいて、綺麗な感じでしたでしょうねぇ。

雨で見れませんでしたが、外に遺跡もあります。↑

さ、何の話をしているのか、分からなくなる前に、ビーナスです。

綺麗ですよね。

ふくよかなのは、女性らしさの丸みをだしているのでしょうね。

安産であって欲しい。という願いでしょうか。

仮面の女神も同じように、安産を願っているものか。

仮面の女神に関しては、入れ墨を当時の人たちは入れていたということなんだと思いますね。

入れ墨の入れ方で部族を表していたりするのでしょうかね。

雨で外の遺跡を見学できず、心残りでしたがちょうど約1時間、堪能させて頂きました。

ちなみに自分は以下のフィギアを買ってニマニマしてます。www

「愛知・長野車中泊の旅二泊三日」 大島城 道の駅 南信州とよおかマルシェ

小牧山城を後にして、帰路に向かいます。時刻は14:30頃です。

東名から中央高速の松川ICから大島城を目指しています。

香川元太郎さんのイラストが案内図にありました。

素晴らしいですよね。

個人的に香川さんの城のイラストが大好きで本を揃えてます。ww

途中、屏風山PAの「はなまるうどん」で遅い昼食です。

はなまるうどんは讃岐うどんですので、結構好きです。

三日月堀です。これが見たかったんですよね。

大島城は武田信玄公の当時に大改修され、現在の縄張りとなっています。

甲州流築城術の特徴である、丸馬出し、三日月堀、枡形虎口を見ることができます。

丸馬出しはいいですよね。カッコイイです。

ただ、こちらの馬出し部分は個人のお宅になっているので、不用意に立ち入ってはいけないと思いますので、ご注意を。

二の丸から南側の堀を眺める↑

二重堀になっていて外側からは様子が見えにくくなっている。↑

牧之島城、諏訪原城、小山城などにもありあすよね。

丸馬出しによって、攻撃的城に変わるわけですから、これ、考えた信玄公、もしくは山本勘助は凄いとい思います。

ただ、戦国中期の頃は攻撃する兵力がまだ少ない(2千程度か)のでこれでも良いのですが、末期になると攻撃する兵力(万単位)が大きくなって規模が物足りなくなってしまいます。

なので、新府城みたいな規模でないとちょっと支えきれなくなるわけですね。

あそこは下からでは鉄砲も大砲も届かない断崖絶壁の地ですからね。攻め口が限られます。

あそこで最後に攻城戦があったのならどうなっていたのやら。

今回は信長公に関わるお城ばっかりでしたので、最後は武田信玄公の城で見逃していたものを見たいと思い立ち寄りました。

電動アシスト自転車で見学に来ていた女性は雨なのに大島城から降りて行く道を下って、井戸まで見に行ったのかなぁ。

松川IC降りてこちらに来る途中で抜いて来た人だったのですが、駅から来ている訳でなかったので、不思議だな。と印象に残ってます。

この日はすぐそばにある道の駅 南信州とよおかマルシェにて車中泊しました。

ここ、なんとスーパーが併設されていて、凄く便利です。

それに出来たばかりで施設はどこも綺麗です。

ただ、どこの場所が静かか分かりにくく、場所取りにかなり悩みました。

まぁ、でも、大通りに面していないので、総じて静かでしたよ。

大島城はこちら

道の駅 南信州とよおかマルシェ はこちら

「愛知・長野車中泊の旅二泊三日」 小牧山城

さ、次は小牧山城です。清洲城から下道だと1時間くらい掛かりました。

ここはそばを通る東名高速から良く見え、その度にチラッと何度も見ているのですが、まだ、一度も来たことが無かったので、どうしても来てみたかったのです。

この小牧山城をみればまぁ、自分の中での名古屋圏の見たい城は見たことになります。

信長公時代も最近の調査で俄作りではなく、しっかりとした三重の石垣に囲まれた城だったことが判明しています。

美濃を攻略するまで、どっしり構えて逃げないぞ。との姿勢を表したのでしょうね。

それと再度歴史の舞台に登るのは、小牧・長久手の戦いですね。

この時は家康公の陣地(陣城)となり、優位に立つことができた訳ですね。

その時は小牧山をぐるっと囲むように土塁を作り防いだようですね。

再現された土塁↑

こちらも再現された土塁↑

まぁ、しかし、ここの立地は抜群ですからね。

とはいえ、見学には下からぐるっと見て、3時間以上掛かりました。

北側は鬱蒼とした森の中を進みます。↑土塁が見てとれますよ。

途中、燕が低い所を飛んでると雨になるんだよ。

と、なにかで読んだ知識を、嫁に言うと「ホント~?どうなの?」と信じない嫁。

なんて、嫁と言ってたら、ホント、雨降ってきて、傘を取りに車まで戻ったりして大変でした。

本丸周辺(山頂周辺でもあります)

山頂部分の石垣は破城に因るためか、石垣が落ちてますね。

同じく本丸周辺

こちらも本丸周辺

模擬天守が歴史館となってます。

小牧山城史跡情報館という施設がまず山ではなく麓にあるので、そちらを寄ってから山頂を目指すほうが良いかと思います。

ニャン子がいました。カワイイ。子供ですね。

「愛知・長野車中泊の旅二泊三日」 清洲城

一日過ぎて、2019年7月13日の話です。

この日、朝一番に行くところは清洲城です。

9時から開園ですので、それに合わせて着きたい感じです。

特にイベントとかやっているわけではないですが、早めの行動ですね。

最近、この動画作るの好きです。

というのも、写真撮りまくっていますので、それ全部ブログに載せるのはキツイなぁ。。

という感じでしたが、そか、動画にすれば載せられるかぁ。というノリです。

Microsoftのフォトというアプリで作ってます。これ、音楽が著作権フリーなので助かってます。

ところで清洲城、すぐ前を新幹線が通ります。

見てるのが面白くて写真も撮ってしまうという、ちょっと「鉄」分が入ってますね。ww

ま、清洲城に関していまさら説明することもないでしょう。

今回、行って勉強になったのは、信長後の清洲城ですね。

信長公の次男信雄による清洲城は凄いですね。これ、もっとアピールすればいいのになぁ。

信雄時代の縄張り、凄いですね。↑

信長公のイメージばかり強くて考えてなかったですね。

ちなみにウチの嫁ですが、信雄(のぶかつ)を(のぶお)と呼んで私を爆笑させました。

最後に地図を載せておくように変更しました。

全部のブログに張り直したりして、面倒でしたが、分かりやすいほうが良いですよね。

「愛知・長野車中泊の旅二泊三日」 名古屋城

さ、尾張名古屋は城で持つと有名な名古屋城です。

今回、残念ながら、天守閣には入れないので、天守からの眺めは無いです。

天守閣は老朽化のため建て替えの話が出ていますよね。

完全木造にするとか、いやいや、木造では身障者の人を置きざりではないかとか。

う~ん。個人的には木造がいいですね。ただ、公共の建物ですのでね。

↑忍者返しですかね、トゲトゲで侵入を防いでいます。

広く、色んな方にも開放されているべきだと思います。

忍者、大人気で、皆さん写真撮ってました。

とはいえ、私自身が前回来たときは、本丸御殿はまだ、完成しておらず作っている途中でしたので、本丸御殿が見れたのでOKとしましょう。

城ポチことニッポン城めぐりは無事、名古屋圏完全終了となり、尾張守を拝命しました。

そしてこの日は名古屋城を見学して観光は終了の時間となり、南濃温泉水晶の湯でお風呂に入り、そして以前泊まったことがあり、尚且つ温泉の下にある道の駅月見の里南濃で車中泊でした。

道の駅月見の里南濃でしたが、夏場は窓を網戸にしていると、信号があるためSTOP&GOとなり、やかましいところでした。

前回は冬で窓締め切っていたので、静かに感じただけでした。

「愛知・長野車中泊の旅二泊三日」 熱田神宮

桶狭間古戦場の後は、かねてより来たかった熱田神宮です。

熱田神宮と言えば三種の神器の一つ「草薙の剣」ですね。

ここも非常に有名で格の高い神社ですよね。

「行って見た。ムービー」をまたしても作って見ましたので、ご覧ください。

途中、鶏が出てきますが、こちらタダの鶏ではなく熱田神宮では神の使い「神鶏様」と言われているそうです。

名古屋コーチンですかね。艶があってカワイイです。↑

ただ、放し飼いでいます。そして、神宮側では関知していないとのこと。。

そんなことを知らなかった自分はびっくりしました。

でも、触ろうとすれば触らせてくれたかもしれませんね。

こっちもツヤツヤして綺麗です。↑

昔は250羽ぐらいいたらしいですよ。今回見かけてのは3羽でしたけど。

うち1羽はぐったりしていて、かなり弱っていて可哀そうでした。

信長塀、日本三大塀の一つ、他に太閤塀、大練塀などがあるらしい。

そして、上の写真にある、桶狭間の戦いで大勝したときに奉納した「信長塀」も見たかったものです。

そして、この大楠は素晴らしいですね。

凄く、神聖な感じがします。

全体的に雰囲気が良くて、気持ちいい所でした。

まぁ、昔からある大きなお社はどこも間違いなく良い雰囲気に包まれているものですよね。

今回は特にこの大楠から感じる優し気な雰囲気が印象的でした。

というわけで、熱田神宮でした。

当然ながら御朱印も頂きましたよ。

「愛知・長野車中泊の旅二泊三日」 桶狭間古戦場 ニッポン城めぐり

2019年7月12日の話になります。

会社が3連休とかで休みだったので、かねてより懸念だった名古屋市内に残っている城ポチ(ニッポン城めぐりのこと、ウチでの通り名)4か所の攻略に行きました。

この4か所は高速では落ちなかったところでした。

ニッポン城めぐり愛知攻略残り4か所残ってます。鳴海城、日比津城、小田井城、守山城

観光で見学したいところは、桶狭間古戦場、熱田神宮、名古屋城、清洲城、小牧山城です。

とはいえ、GPSゲームの攻略はついでで、名古屋の観光がメインです。

桶狭間古戦場公園の周りは住宅街です。

がっつりの城めぐりも久々ですが、都市部なので、欲張っても遅々として車が進まないのが常です。

住宅街の中の普通の公園です。右手に桶狭間古戦場関連があります。

この日は朝6時頃、家を出て長篠設楽原PAでちょっと早いご飯を済ませ、ちょうどお昼ごろにここ桶狭間古戦場公園に到着しました。

長篠設楽原PAでお昼はこれを二人で頂きました。

蛇足ですが、新東名(第二東名)は早いし、道が真っ直ぐで運転しやすくて良いですよね。

織田信長公と今川義元公が並び立つ。ちょっと違和感ありますよね。↑

謎の多い桶狭間の戦いですが、一度、どんなところか見ておきたかったのもあります。

桶狭間の戦いの両軍対峙図

合戦の詳細が良く分からない。。ということ自体が謎です。

当時の資料が意外と残っていないのですよね。。

今川義元公のお墓↑

通説ではないですが、私は作家加藤廣氏の言うところの、「信長公が義元公に臣従するため会見し、その期に混乱を起こし、その混乱に乗じて殺害した。」という話が、一番真相に近いのではないかな?と思います。

桶狭間古戦場公園は桶狭間合戦をモチーフにして、互いの進軍を現したものらしいです。

この人の信長を書く話は凄く斬新で面白いです。おススメですよ。

作家加藤廣氏の本は面白いのでほぼ読んでしまいました。

マイペースでボチボチやってますので、応援よろしくお願い致します。

カテゴリーラベルのPC&GAME→ゲーム→「発見!ニッポン城めぐり」で絞ると、関連情報が出ますのでよろしくお願いします。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 小浜城 小浜神社

さぁ、旅の最終日2019年5月3日です。

舞鶴基地を朝一番に見てから、朝7時半頃から小浜城跡を見学です。

この日はお祭りがあるらしく出店が準備していました。

今は城跡というよりも小浜神社と言った方が良いのかもしれません。

本丸部分が神社として残っています。

小浜城でお祭りまでは見れませんでしたが、帰りながら車の中からお祭りの様子を見ることができました。

本丸部分のみ遺構が残っていますが、石垣は思ったよりしっかりした石垣ですね。

↑天守跡へ登って見たところ

天守跡↑

本丸左側の石垣↑

残っている遺構は少ないですが、結構堪能できました。

小浜城のムービーも作って見ました。良かったらみてくだい。

神社の御朱印が欲しかったのですが、朝早いのとお祭りが重なっていたので、遠慮させて頂きました。

次、伺うときは御朱印を頂きたいですね。

ということで、2019年GWの旅は終了です。

総括的には、島根県は凄く良かったです。

ちょっとまた来たい感じの所でした。

いろいろ宿題が残ってしまったので、また、必ず来たいと思います。

この日、家に到着したのは21時半で、約13時間、530kmの下道の旅でした。

中央高速はナビとかスマホで見ていると、やっぱり、かなり混んでいて、乗らなくて良かったと思います。

中央高速はカーブが多くて、周りのスピードが遅く、イライラするのであまり乗りたくないんですよね。

第二東名(新東名)が一番走りやすくていいですよね。真っすぐで車速がそこそこ早くていいです。

でも、飛ばすわけでもなく、そういう所ではトラックの流れと一緒に流れてます。

休憩をあまり取らなくて良いように疲れないようにのんびり走るのが一番良いように感じます。

よく見るんですよね。飛ばしていくけど、SA・PAにしょっちゅう止まる人。

何度も抜かれます。意味ないと思うのですよね、そういう走り方。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 舞鶴港 海上自衛隊

さ、この日の締めくくりは、舞鶴港に停泊している海上自衛隊の艦船の写真を撮り納めていきたかったので、舞鶴港へ向かってます。

これも動画にしてみましたので、ご覧ください。

夕焼けが綺麗ですね。

並んでいる感じを撮ったところですね。

フェリーも撮って見ました。北海道いくやつかな?

翌朝6時から再度撮影

いせ(?)の兄弟船を造ってますね。

ブリッジの所、造ってるは初めて見ました。

イージス艦、カッコイイですね。

この護衛艦は「ましゅう」補給船です。

今度は基地から見学したいですね。

実は帰りに時間が合えば入りたかったのですよね。

ちょっと今回は時間が合わず無理でした。

写真は以下の地図の場所で撮影しました。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 狛猫 金比羅神社

さ、帰りモードに入っています。

今回は二日掛けて下道で家に帰ろうとしています。

その割には米子城とか観光してますが、まぁ、いいでしょ。

↑何となく青い空と海に黄色い車が映えて良かったので、撮ってもらいました。

今日のうちに出来れば琵琶湖近辺まで行けるといいなぁ。。と思ってます。

とはいえ、米子城を後にしたのは朝8時半ですので、そんなに欲張っても無理かなぁ。。という感じです。

↑真ん中のこぶのようになっている地形の左が白兎神社があり、道が渋滞しています。

東に向かう途中どうしても白兎神社に寄って交通安全ステッカーが欲しいので、寄っていきましたが、白兎神社に参拝するためには、道の駅 神話の里 白うさぎに車を止めたいのですが、空き待ちで渋滞です。

自分達は以前に参拝して御朱印も貰っているので、今回はちょっと参拝は諦めて、自分だけ車に乗って駐車場が空くのを順番待ちして、その間に嫁に交通安全ステッカーを買って来て貰いました。

白兎神社の参拝者も多くて交通安全ステッカーを買うのも順番待ちだったとのことです。

とはいえ、彼女が戻って来ても駐車場は空きが出なかったので、良い判断だったと思います。

この辺りは駐車場が少ないので、困りますね。道の駅が拡大してくれるといいのですけど。

白兎神社を後にして、琵琶湖近辺まで、ある程度GPSゲームの城攻略をしながら帰ってます。

なかなか、近畿・中国地方までは来れないので、出来るだけ綺麗に攻略しておきたい気持ちが働きます。

お昼ご飯は本日は簡単にスーパーマーケットの弁当をフードスペースで頂きました。

ちょっと、色々と10連休の影響が大きいので、こういったときに食事まで欲張ってもダメだろうと思ったのです。

どこも人気のある所は、並ぶ感じです、ファミレスですらかなり混んでいる感じでした。

さぁ、そういった状況なので、道も所々、渋滞してますね。

東に移動する道がある程度、決まっているので、集中するのですね。

↑阿吽の「阿」のほうは赤ちゃんがいますね。

そんな中、「なんか、良い雰囲気の神社だねぇ。どんな神社だろ。検索してみて?」と通り過ぎた神社を嫁様に検索してもらいますと、金比羅神社とのこと。

↑阿吽の「吽」のほうが好きかな。猫らしい。

そして、ここはなんと日本で唯一、「狛猫」がいらっしゃるとのこと。

「それは、是が非でも御参拝しなければ。」ということで、Uターンです。

↑背中のラインがメッチャ猫でカワイイです。

思った通り良い神社でした。

御朱印も頂き、そしてカワイイキーホルダーのお守りを購入しました。

苔が柄のようになっているのが、猫の模様みたいでいいですよね。

また、スライドショーです。↓よかったらどうぞ。

参考までに公式HP↓がありました。

[blogcard url=”https://konpirasan.com/%E7%8B%9B%E7%8C%AB/”]

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 米子城

さて、日付が変わって2019年5月2日の話です。

この日は朝7時から米子城を散策しています。

ちょっと写真が多いので、写真を動画にしました。

フォトストーリー的な感じなので、流して見てもらうといいのですが、BGMが付いてますので、音量に注意してください。

時間は約2分です。

全国的にも珍しい、登り石垣が辛うじて分かる
全国的にも珍しい、登り石垣が辛うじて分かる

分かりにくいですが、真ん中のラインが登り石垣です。

登り石垣は、松山城、彦根城、洲本城、竹田城、そしてここ米子城で見れます。

跡と言ってもいい感じですが、整備はこれからなのでしょうかね。

確認されたのがまだつい最近(2017年4月)です。

現地説明会のことが載ってましたので参考に。↓

[blogcard url=”https://www.city.yonago.lg.jp/21693.htm”]

整備するのか、このまま埋めておくのか、どうするのでしょうね。

下の写真からは本丸の辺りですね。

このお城は眺めがホントいいです。

最高ですね~。


米子城に来たので、剣豪柳生宗章公のお墓参りもして来ました。

義に厚い方だったようで、好きな方です。

なので、忘れずお参りできたので、満足しています。

その時の奮戦したことを書いてます。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 月山富田城

さて、この辺りの名城といえば、自分の中では月山富田城、続いて松江城、さらに米子城と先日行った三刀屋城といったところでしょうか。

安来、中海方面を望む。↑

正面の尾根筋も城域ですが、こちらは残念ながら整備されていません。

二の丸から本丸を望む↑

月山富田城、松江城は以前行ったことがあります。

三の丸の眺め↑

ですが、久しぶりですので、月山富田城へ行ってみたいと思います。

三の丸から二の丸の眺め↑

暫く振りに行ってみると、かなり整備されていて、凄く歩きやすく、見やすくなっていました。

昨今の城ブームの恩恵でしょうかね。

昔、竹田城などは城のすぐ下まで、自家用車で行けたのですが、あまりの来訪者が多くなってしまって、今は遠くに車を置いて行くしかなくなりましたね。

竹田城の場合はちょっと雲海が有名になり過ぎてしまいましたね。

整備されて良い面と、悪い面とありますが、まぁ、仕方ないのでしょうね。

特に説明板などは無いですが、井戸跡かな。と思います。↑

山城の場合、危険が伴いますからね、観光に来て怪我してしまうのは、管理責任の問題が生じてしまいますから、整備するしかないでしょうね。

月山富田城も、昔のままだと柵も無く転げ落ちてしまいそうな所とかも割と普通にありましたしね。

あれでは、足が悪い人は怪我してしまうでしょうからね。

後で載せますが、昔の写真と比べると遥かに今は見学しやすくて分かりやすいです。

七曲りの坂道が左側です。↑

ここまでの写真が本丸から三の丸周辺です。

ここから下は中核部の山中御殿です。

これは分かりやすく井戸跡ですね。↑

↑真中の山が本丸です。途中、七曲りの坂道が見えますね。

勾配がかなりキツイです。

ここから下は、麓の郭郡ですね。郭の多さが凄いです。

奥書院平から麓の郭を眺める↑

↑下に見える駐車場は道の駅です。

道の駅に車を置いて、歩いて行きます。

↑手前の緑部分は全て郭なんですよね。

↑向こう側に見えるお寺も城の郭だったところらしいです。

さすがに整備されていません。人の住む所は仕方ないですしね。

なので、↑向こう側(右手)の尾根筋もすべて城域になります。

城域の大きさを地図で載せてみました。
オレンジの線内が本来の城域で、赤線が現在整備されている所です。

要するに半分しかみれないのですよね。
ですが、半分でも見切れないほど大きいです。

今回、変なものがありましたので、載せておきます。

二の丸から三の丸に降りる所です。

ぱっと見、井戸跡かな?と思いますが。。

左矢印の所に穴が繋がっているようです。

抜け穴?なのか? 井戸の使い勝手を良くしているのか?

ちょっと説明がないので、良く分かりません。なんだろうなぁ。。

ここから下は、古い(2010年8月)のを載せておきますね。

昔の七曲り↑↓

今のように多くの人は通れないですね。

山吹井戸↑

三の丸から二の丸に上がる所、右の木の手前に例の井戸跡なのか?抜け穴なのか?謎の穴のところ

その井戸跡↑

雑草が凄いのと、木が切ってないので、眺めが悪いですね。

二の丸から本丸を眺めてます。

二の丸と本丸の堀切

本丸、木が多くて良く分からないですね。

この看板↑は現在見当たらなかったですね。これのほうが良いかも。

ということで、月山富田城でした。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 眞名井神社

意宇六社の一つ眞名井神社に来ました。

意宇六社は以下の通りです。

熊野大社(松江市八雲町)、八重垣神社(松江市佐草町)、神魂神社(松江市大庭町)

真名井神社(松江市山代町)、揖夜神社(松江市東出雲町)、六所神社(松江市大草町)

昨日までにいった所は以下です。

熊野大社(松江市八雲町)、八重垣神社(松江市佐草町)、神魂神社(松江市大庭町)

今回、参拝する所は、真名井神社(松江市山代町)

今回の旅行ではちょっと参拝できませんでした。宿題ですね~。

揖夜神社(松江市東出雲町)、六所神社(松江市大草町)

眞名井神社ですが、そばにある真名井乃滝との繋がりが深いようです。

いい感じで撮れました。

結構、登ります。

ユーモラスな狛犬、カワイイですね。

こちらもカワイイです。

登って下を眺めた所です。

やはり大社造りでした。

静かで厳かな神社でした。

凄く雰囲気が良くて、また、来たいと思う神社です。

御朱印も頂けたので、ありがたいです。

眞名井神社の下の田んぼが、最近珍しい蓮華の田んぼでした。

今はあまり見かけなくなりましたね。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 山代二子塚古墳

山代二子塚古墳に来ました。

先日見学した、八雲立つ風土記の丘資料館のすぐそばです。

八雲立つ風土記の丘資料館を見学したときにちょっと気になったので、寄って見た次第です。

ガイダンス山代の郷に車を止めて、先にガイダンス山代の郷を見学させて頂きました。

前方後方墳としてはかなり大きい感じです。

Wikipediaでは「有数の規模を誇る」とあります。

確かに大きいです。

それで、見たかったんです。

凄いな。。ちょっとデカい。。

我が埼玉が誇るさきたま古墳群の前方後円墳を思い出します。

住宅街の中にあるのがちょっと自分には違和感ですが、そこは仕方ないですよね。

とはいえ、前方後方墳、凄いですね。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 マリンパーク多古鼻

マリンパーク多古鼻に来ました。

眺めが良さそうな所なので、来てみました。

ここは眺望が素晴らしいですね。

本来、ここはキャンプ場です。

なので、建物はコテージってことですね。

テントを張るスペースの所もあります。

凄く人気があるのか、結構、埋まってますね。

眺望がいいものなぁ。。ここはいいなぁ。。

展望台があるので、登って写真を撮りました。

一応、管理人さんに許可を得て入らせて頂きました。

いい所ですね。

ホント、天気が良いときにまた訪れたいです。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 出雲國二之宮 佐太神社

佐太神社に来ました。

出雲国二之宮とのことです。

出雲国二之宮佐太神社
出雲国二之宮佐太神社

祭礼で行われている佐陀神能はユネスコ無形文化遺産とのことです。

ちょっと見てみたいですね。

出雲国二之宮佐太神社御由緒書き

出雲の神社は立派な神社ばかりでしかもどこも綺麗にされていて、地元の方が皆さん大切にされているのが良く分かります。

出雲国二之宮佐太神社御由緒書き

神話の国だからか来訪する人も多いからなのか。

いずれにしても、訪れる私達も気持ちのいいものです。有難いことです。

出雲国二之宮佐太神社の狛犬凛々しい感じですね

祭礼で行われている佐陀神能が気になったので、調べて見た所、これが見やすいかも知れません。

いかがでしょうか。

日本刀を華麗に振り回すところは、めちゃくちゃ迫力ありますよね。凄い。

出雲国二之宮佐太神社のこちらも狛犬凛々しい感じ

令和の幟が真新しいですね。

令和になりあちこちの神社で天皇陛下の即位を祝っています。

佐太神社も大社造りでした。

ところで、やはり、ここも大社造りでした。

母儀人基社(佐太神社) 伊邪那美命(イザナミノミコト)を祀る

左奥に進んでいくと、奥ノ院かと思いましたが、母儀人基社(佐太神社)というらしいです。

ここちょっと雰囲気が今までと変わりますね。

神聖な場所な為か、空気感が変わります。

母儀人基社(佐太神社) 伊邪那美命(イザナミノミコト)を祀る

子宝や安全にご利益があるらしいです。

昔の祭祀場だったのではないかと思います。

佐太神社は大社造りだなぁ。と確認。

立派な神社でした。御朱印も頂きました。

出雲国二之宮佐太神社

参拝後、参道にあるお茶屋さん(佐陀乃だんだん家さん)でぜんざいを頂きました。

こちら昔風のぜんざい

普通のぜんざいと違い昔風とのことです。

こちら普通のぜんざい

なので、甘すぎずさっぱりしていました。美味しかったですよ。

ニャンコ店長がいるらしいのですが、私が行った時は会えませんでした。残念。。

佐太神社周辺の地図を載せておきますね。

「島根・鳥取車中泊の旅七泊八日」 美保神社

 美保関灯台から美保神社に来ました。

駐車場が少ない様子でしたので、空いているところ見つけたら、そこに入った方がよさそうです。

自分達も神社から歩いて5分ほど、はずれの所に駐車させて頂きました。

却ってこういった古い町並みを散策してから神社に参拝に行く方が風情があって良いですよね。

カワイイ、マンホールの蓋があったりして、ホント、油断も隙も無いです。

ちょっと寂しげな感じではあります。

この感じがいいですね。かなり好きな感じです。

これも好きな感じ

これいいですね。「だんだん」優しさが伝わります。

ようやく美保神社です。

駐車場のためかなぁ。

思ったよりも参拝の方が少なく感じました。

雰囲気は凄く良くて、また訪れたい神社でした。

美保神社には霊石があるとのこと。妊婦の方にご利益があるそうです。

自分は、今、こうして書きながら、知りました。

真ん中の大きな橋がいわゆるベタ踏み坂の橋↑

クッソー。。。知ってれば。。。っていう所がホント今回の島根の神社は多いです。

行っている神社や場所は凄く好きな所が多くて島根県にはまた来たいと思う所が多いです。

うっすら見える左の大きな橋、こっちのほうが勾配がきつかったですよ。

神話の国だからかなぁ。

でもそうして行ってみた所はどこも素晴らしく、いい所ばっかりでした。

締めみたいなこと書いてますが、まだまだ、終わりません。

どんどん書いていきましょう。

てか、アンタ、書くの遅いんだよ。。。と言われそうですよね。

自覚してますが、読んでくださる方がいるので、頑張っていきたいと思います。ww

美保神社の地図を載せておきますね。