時刻はお昼です。
先ほど、うどん自販機でうどんを頂きましたが、一つのものを嫁と二人で食べましたので、まだ、全然お腹が空いています。
なにか食べる所は?と、探していると、すき屋の牛丼がありました。
余り考えず、ここにしました。
牛丼、美味しいです。
ホント、安い、早い、旨い、の三拍子です。
毎日は飽きるけど、たまに頂くには庶民の味方です。
すき屋を後にして、浜田城を目指します。
とはいえ、車で5分程度のところです。
着いて他の車を眺めながら歩いていると、同じ「城めぐりGPSゲーム」をしているらしく、車にそのゲームのステッカーを貼っている人がいました。
「こんにちは、私も同じゲームしてますよ。」と声を掛けてみました。
「ゲーム?」となにか怪訝な表情をされたので、「あれですよ」とそのゲームのステッカーを指さします。
「あぁ。」と気のない返事です。
「これから浜田城を見学ですか?」と聞いてみました。
「ええ、そうです。では。」と素っ気なく行かれました。
なにか急がれているらしく、城ものんびりとは巡らず、シャカシャカと忙しなく巡ってましたね。
嫁と「きっと、自分が決めたゲームのノルマが忙しくて、他のことは目に入らないのだろう」という結論になりました。
さて、浜田城です。
江戸時代初期(1619年)に出来た城ですね。
1619年にお城と城下町を整備したとあります。
海に面したところにあり、なかなか良い縄張りだと思います。
天然の要害を上手く利用していて素晴らしいと思います。
城下町も当時は栄えていたのでしょうかね。
ちょっと、気になったので調べると。密貿易と出てきます。
江戸時代後期には財政が苦しく、密貿易をしていて、間宮林蔵に告発されたらしいですね。
間宮林蔵が幕府隠密だったのも驚きです。
自分の間宮林蔵に対するイメージは間宮海峡ですね。
樺太が島だったことを発見した人です。
とはいえ、密貿易をしていた会津屋八右衛門(廻船問屋)は地元の方からは財政をすくった英雄です。
立場が変われば、見方も変わる。
歴史とは現在、評価されている一面で見るだけではダメだということですよね。
しかし、海のほうの眺めは良かったです。
城も石垣が残り、往時を偲ばせます。
しかし、あの出会った人、慌ただしく去って行ったなぁ。。
あれで楽しいのだろうか?と、旅の楽しみも人それぞれかぁ。。
なんて、思いました。