最終日の1番目は高天神城です。
ここを訪れるのは2回目です。
なので、前回は北側から登りましたので、今回は南側から登りました。
武田派を名乗る私としては何度も訪れる場所となるかも知れませんね。
ここを制するものは遠江を制すると言われた城です。
そしてここが落城する際に救援しなかったことが武田の滅亡を決定的にした因縁の城です。
武田は高天神城を落とすために諏訪原城を造り、徳川は横須賀城を造ったわけです。
徳川は横須賀城だけではなく、付け城作戦で高天神城の周りをびっしりと城砦で取り巻いたわけですね。
その際の軍資金は信長が出したと言われています。
それは信長が動けない状態だったので、お金だけ家康に渡した訳ですね。
武田は付け城作戦に、抗うことができず、高天神城を見捨てることになりました。
無念なことだったと思います。
三ケ月井戸の金魚は不思議と元気にいますね。
前回もみたけど意外に生きていけるのですね。
しかし、上の写真の道を馬で降りていったとは凄いもんです。
ここ、ホント、人ひとりしか通れないです。
木が生えてるからまだ、いいですが、伐採されていたら、物凄く怖いと思います。
さて、国土地理院の地図で見てみましょう。
H状の地形であることが良くわかります。
この地形であることが、難攻不落にしています。
敵はHのへこんだところから攻めると三方から攻められて殲滅されてしまいます。
なので南と北から攻めるのは無理なんです。
東は急峻な崖でこれも無理
西側北斜面がかろうじて攻めやすいので、武田氏もそこから攻めています。
奪取後はその部分の補強工事を大幅にしています。
高天神城攻略のため築かれた横須賀城との関係をみるとホント近いことがわかります。